「ミーノスは側近を顔で選んでいるだろう」 一体、どういう会話の流れでそういう発言に辿り着くのかは相変わらず謎だが。 ミーノスと言葉を交わしていたアイアコスが唐突にそう言い出した。 コメントの仕様のない発言に、既に会話に参加する意思も芽生えず目前の言葉の応酬を黙して眺めていたラダマンティスは、内心頭を抱えた。 「失礼な。いくら見目が良くとも、無能な者を飼う気はありませんね」 アイアコスの発言に、ミーノスは、言外に、能力で側近を選んでいると言い返す。 その反論に、アイアコスは軽く首を傾げて、更にこう告げた。 「だが、実際、裁きの館の法衣組はほとんど見た目がいいじゃないか。ラダマンティスもそう思うだろう?」 ふるな、そんな話題を! 思わず、心の内で悲鳴にも似た絶叫を上げつつ、それでも律儀にラダマンティスはアイアコスの問いかけに応える。 「……俺に、判断出来るわけがないだろう。トロメアの――特に、裁きの館の者達とは、ほとんど会ったことがないのだぞ」 三巨頭の中で、最後に冥界に至ったのは、ラダマンティスだ。 その所為か、裁きの館に常に控えている冥闘士の中には、いまだラダマンティスと対面したことがない者もいた。 「そうか? だが、ルネはよく知っているだろう。あと、アクェイとも会っているじゃないか」 「……誰だ、それは」 「この間、お茶を淹れてもらっただろう?」 「……ああ、あの時の……」 そういえば、先日、アイアコスに連れられて、裁きの館でティータイムを過ごす羽目になった時に、トロメアの中でもそれなりに上位に位置するらしい冥闘士に茶を馳走になったと。 思い返しながら、若干遠い目をしそうになるラダマンティスだった。 ――正直、顔の良し悪しまで見ていない。 「それから、カルロも顔を見たくらいはある筈だぞ。冥界に来た時期が近かったから、カルロとギガントは結構親しいからな」 いや、分からん。おそらく、見かける機会がなかったのだろう。 「それに――イレーンも、この間、シルフィードと一緒に歩いているところを見たな。道に迷ったシルフィードを案内していたと言っていたぞ」 初耳だ。――一体、何があったのだ、シルフィード……。 「ファイアも、あんな赤い髪は他にいないから、目立つぞ。見覚えはないか?」 多分、会っていない。 それ以前に。 「……顔の美醜まで、見ているわけがないだろう……」 渋い声音で、そう呟いたラダマンティスに。 「美しいものを観賞する楽しみを知らないとは……嘆かわしいことですね」 溜息交じりのミーノスの一言が、即座に投げつけられたのだった。 『部下選定基準』(08年1月初出) |
「……なんだ、これは」 わずかに呆れ加減に眉根を寄せ。 カノンは、小さく呟いた。 その呟きに、入り口付近に立ち室内を眺めていたソレントが簡潔に応えた。 「アームレスリング大会です」 「――なんで、そんなモンが開催されてんだよ」 端的な返答に、カノンの半歩後ろでカーサが呆れたように問い返せば。 さらりとした語調で、早々に返事が為された。 「知りませんよ、わたしも途中から見ているんですから」 場所は、海洋神殿の一角。 時刻は、海界で使用しているタイムゾーンでいうならば、夕刻。 海闘士達が食堂代わりに使用している大部屋に、十数人の――警邏当番以外の者達だ――海闘士達が集まってなにやら盛り上がっているようだった。 テーブルのひとつに陣取り、対面する二人を囲むように、ギャラリーが集まっているらしい。 その中から。 三人の姿を認めたらしいイオが抜け出し、近付いてきた。 「おい、イオ。こいつは一体何事だ? なんだってアームレスリング大会なんてことになってんだ?」 カーサが呆れ口調を隠しもせず問えば、イオは小さく笑ってこう告げた。 「最初は、北太平洋のジョンと北氷洋のバートが二人で勝負していたそうだ」 そこに、同じくカーサ達の姿を見付けたらしいクリシュナも歩み寄ってきて、イオの返答を補足する。 「その内に、相手が入れ替わり立ち代りになり、気付けば自由参加の状態になったと聞く」 「あー、そうかよ……」 完全に呆れたように天井を仰いでカーサは呟いた。 「なんだ、カノン達も来たのか? すごいぞ、今、オラフが六連勝中だ」 そのカーサを更に脱力させようというのか。 人山の反対側にいたらしいバイアンが近付いてきたかと思うと、楽しげに現在の戦況を報告する。 「――そうか」 「そりゃあ、すげえな……」 バイアンの報告に、カノンとカーサは短く応え――人山の中心に視線を向けた。 成る程、確かに、そこには、件の北氷洋の副官と。 その傍らには、笑顔で彼に声をかけるアイザックの姿があった。 「――そりゃ、勝つな」 「最強の応援だろう?」 「精神論だけでは戦いには勝てんが、士気の向上は確かに重要な要素ではあるな」 ぽつり、とカーサが呟けば。 短く、ソレントがそう告げ。 無表情に、カノンが総括する。 ――北氷洋。そこは海界でも一、二を争う上司愛集団。 『とある余暇のこと』(08年1月初出) |
一般常識というものが欠けているのだろうか。 ぽつり、と呟いたアイザックの弁に、バイアンとイオは軽く目を見開いた。 「いきなり、何を言い出すんだ?」 予想外の一言に、訝しげにバイアンが首を傾げれば、アイザックは俯き加減に小さく嘆息をこぼした。 「――なにか、あったのか? アイザック」 突然そんなことを言い出すということは、なにか、そういう考えに至るようなことがあったのだろう、と。 イオが問い返せば、アイザックはしばし言いよどんだ後――躊躇いがちに口を開いた。 「――膝から崩れたんだ」 「?」 ――先日、アイザックは、顔の傷跡を消す手術の前準備として、検診を受けることになったのだが。 その時、微量ながら血を抜かれると聞き、アイザックは、その説明を施した自らの副官に、何故そんなことをするのかと問うた。 『血を流せば身体に良くないだろう? なのに、何故、わざわざ血を抜くんだ?』 『流す、というほどの量ではありませんよ。ほんのわずかな量です』 不思議そうに瞬くアイザックに、小さく微笑って、副官はこう言葉を続けた。 『何故、というのは、まさに今アイザック様がおっしゃられたことが理由です』 手術、というものは、身体を切開し、悪い部分を切除したり、不都合な部位を修繕することですから。 噛み砕いてそう言い添え、だから、と更に語をつなぐ。 『手術中に失血量が多くなり、輸血が必要になった時の為に、患者の血液型を知っておかねばなりません。ですから、事前の血液検査が必要なのです』 他にも、アレルギーの有無も調べておかねばなりませんしね。 微笑をたたえたまま、そう説明する副官に、アイザックは訝しげに、こう訊き返した。 『……輸血、とは、何だ?』 『血が足りなくなった方に、血を分けてあげることです』 柔らかく笑んで、出来る限り解りやすい言葉を選んで説明したつもりであろう、副官に、差し出された反問は次のようなものだった。 『それは、死んだ聖衣に血を与えて甦らせるようなものか?』 「そう言ったら、膝から崩れて床に突っ伏してしまったんだ」 「……」 「――」 それは、もしかしたら、一般常識云々の問題じゃなく。 もっと別の問題じゃないだろうかと、思ってしまったバイアンとイオだった。 『○○のための常識力トレーニング』(08年4月初出) |
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