「まあ、可愛い」
 ほんの少し弾んだ響きの滲む声音でテティスが呟けば、「ふかふかー、ちょーかわいー」とエウロペが歓声をあげた。その側で、パールヴァティーも口元に手をあて「あら、まあ……」とこぼしている。
「テディ・ベアそのものだな」
「丸くて柔らかそうで、本当に可愛いな」
 女性三人(?)が“それ”を囲む一歩外側から、イオとバイアンも興味深げに“それ”を見やっていた。
 そのバイアンの服の袖を軽く引き、グラントが「近付き過ぎると怯えますよ」と小さく囁く。それを聞きとがめたクリシュナが、“それ”に巻かれた布の意味に気付いた。
「もしや、前足に怪我をしているのか?」
 その問いかけに、ちょうど自らの両腕にすっぽりと納まる大きさの“それ”を抱きかかえたアイザックが、こくり、と頷いた。
「一体、これはどうしたのだ?」
 アイザックの両腕でしっかりと抱え上げられている真っ白い“それ”から視線をあげ、ソレントが問えば、アイザックは事情を説明した。
「氷の割れ目に落ちていたんだ。どうやら落ちた時に前足を折ってしまったらしい。それで動けずにいたんだが……」
「それは可哀想に……。母親は近くにいなかったのか?」
 “それ”――すなわち、ホッキョクグマの仔――の双眸を眺めていたジュリアンが、顔を上げてアイザックに尋ねると、返ってきたのはアイザックの肯定の頷きと、アイザックの肩に手を置いてその背後に控えるオラフの「どうやら母熊とはぐれたようです」という一言だった。
「…………それで」
 らしくもない小声で。躊躇いがちにアイザックが口を開く。
「怪我が治るまで世話をしてやろうと思うのだが……駄目だろうか」
 遠慮がちにそう言った後、「怪我が治ったら、元の場所に帰すつもりだ」と付け加える。
「それは勿論……そうしてやればいいと思うが――。いいだろう、カノン?」
 振り返り、軽く首を傾げながら、ジュリアンが海将軍筆頭に確認を取れば。
「別に構わんだろう。仔熊に容易く襲われるような奴もおるまい」
 常と一向に変わらぬ表情で、淡々と応じるカノンに、「それは何か違うと思いますぞ、シードラゴン様」と、ムハンマドが小声で突っ込んだ。
「まあ、飼うんじゃなくて、保護して自然に帰すんだったらいいんじゃねえの?」
 そう同意を示すカーサの傍らで「まあ、飼うことになっても戦力になりそうですし、いいんじゃありません?」などと、ワンホイが面白がって適当なことを言う。
 その、ワンホイの発言に、ゲオルグが呆れかえったような深く大きな溜息をついたので。
 誰からともなく、笑いが広がった――。



『ひろっちゃいました』(10年1月初出)
北氷洋にペットがやってきました(笑) 野生に返すことは、まず失敗すると思われます。
 あれ、と、何かに気付いたように、バイアンが声を上げたので。
 どうかしたのか、と、首を傾げて問うてみたら。

「アイザック、背が伸びたんじゃないか?」
 バイアンは、そう言って、眼差しをアイザックの頭頂部に向けた。
「そう、だろうか……?」
 視線を向けられたアイザックは、戸惑ったように首を傾げた。
 その呟きに、ひとつ頷いて、バイアンは言葉を補う。
「初めて会った頃は、もう少し、視線の位置が低かった気がするぞ?」
「言われてみれば……。ソレントのほうが少し高かった筈だ」
 バイアンの言葉に、イオも記憶を探る表情で、並ぶアイザックとソレントを視線だけで見比べながら、そう言うと。
 ソレントも首を傾げて、くるり、と、同輩達に眼差しを巡らせてた。
「そうだったかな。あまり覚えていないが……だが、確かに、バイアンやイオの方がアイザックより背が高かった覚えはあるな」
「うむ。だが、皆も身長が増しているだろう。少なくとも、海界に来たばかりの頃は、バイアンよりグラントが背が高かったと記憶している。今は同じほどだろう」
 一歩引いた位置に立つクリシュナが、皆の背丈を見比べながらそう指摘すると。
 今度は、イオとソレントの視線がバイアンの頭部に向けられた。
「言われてみれば、確かにそうだな」
「なまじ毎日のように顔をあわせていると、こういった変化には気付きにくいものなのかな」

 それらの会話を、数歩離れた位置で、聞くともなく聞いていたカーサの耳に。
 傍にいるカノンがぽつり、と呟いた一言が、入ってきた。
「……そうか、まだ、あの年頃でも背は伸びるのか」
「……あんたの成長期は、いつ始まって、いつ終わってんだよ」
 独り言めいた呟きと分かっていても、思わずツッコんでしまったカーサだった。



『個人差はあります。』(11年1月初出)
まだ思春期なんだから、海将軍年少組は身長が伸びてもいいと思う。個人的には、アイザックが一番伸びそうな気がする。
 正直に言って。
 客観的に見て、かなり不審行動だった。
 戸口のかげから室内の様子を固唾を呑んで見守るアイザックの後ろ姿を見ながら、そう判定を下した。

 部屋の中には、柔らかなクッションの上にうつ伏せに寝かされた、ホッキョクグマの仔が一頭。
 先日、アイザックらが、出張――要は、海闘士が数人で所属の海洋に水質などの調査に出ることなのだが、誰が言い出したか、いつの間にか、このように称されるようになっている――に出た折に、氷の裂け目に落ち、骨折をしていた仔熊を発見した。
 それが、この仔熊だ。
 海洋神殿に保護された仔熊は、北氷洋所属の海闘士たちの世話を受けているのだが、やはり野生の生き物だからか。人の手から直接に与えられる餌にはなかなか口をつけないのだ。
 その為、仔熊の目前にミルクを置いた後、人間はすぐに部屋の外に出る形で、餌を与えているわけなのだが。
 拾った――と、いうか、発見した――本人だからか、そんな仔熊の状況をアイザックはかなり案じているらしい。
 今も、仔熊が与えられた餌に口をつけるかどうか、気になって窺い見ているのだった。

 ぶっちゃけ、隠れ見ていても気配で気づかれているんではなかろうか、とか。
 思わないでもないのだが。
 アイザック本人は至極真面目なので、そのような茶化すような言葉を言うのは憚られる。

 そんなことを思いながら、アイザックの後ろ姿を眺めていると、ぴくり、と彼は身じろいだ。
 背中に浮かんだ喜色から判断すると、どうやら仔熊がミルクに口をつけたのだろう。

 微笑ましい。
 仔熊の様相に一喜一憂するアイザックの姿に、少し頬が緩むのを堪えながら、そう思った。



『ひとっちゃいました。〜その後〜』(11年4月初出)
仔熊相手に一喜一憂するザっくんは可愛いと思う。要は、ただの自己満足です(笑)

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