○月×日 今日の海は大荒れです。 どうして荒れているのか、というと、父上と母上が夫婦喧嘩をなさったからです。 夫婦喧嘩の理由は、父上の浮気です。 先日以来、デメテル伯母上の娘さんのコレー殿が行方不明だとかで、伯母上は必死にコレー殿をお探しなのだという話なのですが……。 「普段落ち着いた女性が、取り乱して憔悴しているところも中々魅力的だ」 などとおっしゃり、父上はデメテル伯母上に迫ったそうなのです。 ……父上。 流石にそれは、僕も弁護しきれません。 それを知った母上が、烈火のごとくお怒りになられたことは、言わずもがなです。 「不運に見舞われた母親に対して何を考えていらっしゃるの!?」 と、父上をたいそう罵られ……それはそれは盛大な夫婦喧嘩へと発展してしまったのです。 結局。 「実家に帰らせてもらう!」 との捨て台詞を残し、 父上はオリュンポスに行ってしまわれました。 今、不機嫌な母上に、ペンテシキュメ姉上が愚痴を聞いてあげています。 僕も、今日は法螺貝を吹いておこうと思います。 ――でも、波は鎮められても、母上のお心は静められないだろうなあ……。 ○月○日 今日はヘラ伯母上がいらっしゃられました。 ――昨日、家出をなさった父上の首根っこを引きずって。 そして、伯母上は父上の頭を押さえつけて、しきりに母上に対して謝らせていらっしゃいました。 きっと、オリュンポスで、ヘラ伯母上のみならず、ヘスティア伯母上にもこってりしぼられたのでしょう。 結局、父上は母上に平謝りに謝って許してもらえたようです。 ようです、というのは、途中で僕は姉上に連れられて奥へ引っ込んだからです。 でも、父上のお姿を見ていると、入り婿は大変だなあ、とつくづく思いました。 教訓。 女性は怒らせてはいけない。 『神代の日常〜トリトン日記1〜』(05年11月初出) |
□月○日 先日の日記で書いた、デメテル伯母上のところのコレー殿が行方不明になられた一件の全貌が明らかになりました。 結論から先にいいますと、ハーデス伯父上が冥府に攫っていたことが判明しました。 伝聞で得た情報を総合すると、ハーデス伯父上が、垣間見でコレー殿を見初めたことがそもそもの始まりだったようです。 そして、ハーデス伯父上はコレー殿を奥方に迎えたい、と神盾の王にご相談なされたそうです。 その席で、伯父上は神盾 「男なら行動で示せ」 的な事を言われ、そのまま実行してしまわれたそうです。 その現場を偶然、ヘリオス殿が目撃なさっていたそうです。――いえ、太陽神であるヘリオス殿が、日中に地上で起こったことを知らない筈がないのですが……。 閑話休題。 過日、伯母上から相談を受けたヘカテ殿に、何か知っていることはないか、と ……ハーデス伯父上。 貴方だけはまともな方だと信じていたのに……! ともあれ。 伯母上には一言の相談もなく、了解も得ず、ことを進められたので、当然のことながら伯母上は至極ご立腹なされたのです。 お怒りになられた伯母上は、豊饒神としての職掌を放棄なさり、姿を隠してしまわれたのです。 なので、地上は今、大変なことになっているようです。 海にまで影響が出る前に、伯母上のお怒りが鎮まればよいのですが……。 □月△日 ハーデス伯父上のはた迷惑な求婚談の続報です。 結局、コレー殿は一旦デメテル伯母上の元へお戻りになることと相成りました。 ただし、何もかも元通りというわけではありません。 アスカラポス殿の証言で、コレー殿が冥界の柘榴を食していらっしゃったと判明したからです。 (ちなみに、アスカラポス殿はアケローン河神のご子息です。) 冥界のものを食した者は、冥界に属する身となるのが世の定まり事です。 よって、コレー殿もその理に従わねばなりません。 その為、一年の三分の一は冥府に、残りは地上で暮らすこととなったそうです。 結果的に、ハーデス伯父上の奥方になることになったということでしょうか。 ……ちなみに。 柘榴の一件を語ったアスカラポス殿は、まだ怒りの収まらないデメテル伯母上に大岩の下敷きにされ、地下に投げ落とされてしまいました。 ――――伯母上には絶対に逆らわないでおこう……。 『神代の日常〜トリトン日記2〜』(05年12月初出) |
□日×日 今日は父上に珍しい客人がいらっしゃいました。 ヘリオス殿です。 オケアノスひいお祖父様のところでは時折お会いすることはあるのですが、ヘリオス殿が父上を訪ねていらっしゃることは滅多に――いえ、初めてだと思います。 そもそもが、ヘリオス殿は太陽神としての職務がおありですから、日中にお会いすることなど皆無ですし、夜とて、翌日のことを思われてか、他家に足を向けることも稀なことです。 逆を言えば、時さえ見計らえばすぐに居場所の分かる方でもあるわけですが――。 まあ、それはさておき。 僕はひいお祖父様やひいお祖母様とのつながりで、ヘリオス殿とは多少の面識はありますが、ヘリオス殿と父上、となると――まあ、親しいとは言い難いところです。 仲が悪いと言うよりは、面識が薄いというか、接触が少ないというか……疎遠といったところでしょうか。 そういう訳ですから、至極珍しい来訪に首を傾げていたのです。 そうしたら。 ヘリオス殿と対面していた父上が、突然怒声を上げられたのです。 何事かと思い、お二方がいらっしゃる部屋の前まで駆けつけ、様子を窺ってみますと、思いもがけないヘリオス殿のお言葉が聞こえてきたのでした。 「頼む、ポセイドン! ロデをわたしの妻にくれ!!」 …………はい? 「ふざけるな、ヘリオス! お前にはれっきとした妻がいるだろう!!」 はい、父上。その指摘は正しいです。 ヘリオス殿にはペルセイス大叔母様という奥方とお子方がいらっしゃいます。 他にも恋人がいらっしゃる筈ですが、まあ、そこは今は横においておきましょう。 「では、言い直す。妻も同然に扱うから、ロデをわたしにくれ!」 ……真剣なのも、本気なのも、大真面目なのもよく分かりました、ヘリオス殿。 分かりましたが……。 「そういう問題ではない!!」 その通りです、父上。 論点はそこじゃありません。 大叔母様がいらっしゃるのに、何を言い出すんですか、貴方は!! 「可愛い娘を、妻子持ちになどやれるものか!」 父上、それは貴方が言える台詞じゃありませんから。 喧々囂々とした言い争いは夜半まで続き、翌朝の職務の為にヘリオス殿がお帰りになられる段になっても、結論は出ないままでした。 ――これは、お祖父様のところに出かけていらっしゃる母上を呼び戻した方がいいのかなぁ……。 『神代の日常〜トリトン日記6〜』(06年6月初出) |
□月○日 今日、父上がひいお祖父様に呼び出され、そちらへとお出ましになられました。 正直、かなり驚きの展開です。 ヘラ伯母上がひいお祖母様方をお訪ねになることは珍しいことではありませんが、父上となると――少なくとも僕の記憶にはないことです。 まして、ひいお祖父様からのお呼び出しとなると……多分、初めてだと思います。 父上ご自身も、珍しい呼び立てに首を傾げながらお出ましになられました。 で、先程お帰りになられたのですが……。 お帰りになるやいなや、ご自分お部屋に入られ、母上を相手に――丁度、父上がお出かけの間に、母上はお祖父様のところからお帰りになっていらっしゃったのですが――なにやら愚痴っておいでのご様子です。 どうも、ひいお祖父様のご用件というのは、先日のヘリオス殿のロデへの求婚(?)に関することだったようです。 先日以来、父上とヘリオス殿との間では、歩み寄りの気配もない平行線の対面が続いています。 ヘリオス殿は毎晩父上の元にいらっしゃっては、頭を下げてロデをくれ、と繰り返していらっしゃり。 父上は父上で、許すわけにはいかないの一点張り。 父上の本音を忌憚なく言ってしまえば、妻子持ちの婿は嫌だといったところでしょうか。 どちらも折れる様子がなく、結論は出そうにありませんでした。 ところが。 小耳に挟んだ父上と母上の会話から察するに、どうも父上はひいお祖父様のところで、ヘリオス殿に対する態度を軟化させてはどうかと諭されたようです。 求愛されているのはロデであって父上ではないのだから、本人同士で意志を決めさせてはどうか、という提案をされ、父上も気が進まぬながらもご同意なさったようなのです。 ここにいたって初めてヘリオス殿の求婚をお知りになった母上は、どうして自分に伝えないのだと呆れつつ、ロデの意思を確認するべきだという意見にはご賛成のようでした。 それはそれでいいのですが――。 分からないのはひいお祖父様のお心です。 確かに、ヘリオス殿はひいお祖父様にとっては甥御にあたりますし、ひいお祖父様はヘリオス殿らご兄妹にはお心をかけていらっしゃいます。 でも、同時に娘婿でもあるわけでして。 娘婿が他の女性を迎えたいというのに、それを後押ししようという気になるものなんでしょうか? 分からないなあ……。 『神代の日常〜トリトン日記7〜』(06年7月初出) |
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