アップ後、一益の織田家仕官は、思っていたより早かったと知る。
戦国小噺のスローガンは“勢いでいこう”ゆえ、こんなこともある(失笑)
微妙に無双信長のイメージが頭の中にあったかも。





 お願いの儀がございます、と。

 控えめに紡がれた言の葉に、軽く意外の念を覚えた。
 手慰みに触っていた鉄砲を置き、身動ぎなかばほど背後を振り返る。相手の下げた頭に視線を向けつつ、願いの詳細を尋ね返した。
「なんだ、言うてみよ」
 常日頃、無心らしい無心をしたことのない乳兄弟が口にした、珍しい頼みごとだ。それが天下の名馬、南蛮の珍品、あるいは二つとなき茶器であろうとも呉れてやろう。城が欲しいと言いだしたとて、叶えてやっても良い。
 乳兄弟である彼の望みならば、己は、まず、退ける気はない。否、無心をせずとも、欲していると知れば、頼む前に呉れてやる。
 二歳下の、幼い頃から側にあったこの男は、同じ胎から生まれた弟よりも、己にとってよほど好ましい存在なのだから。
 そう思いつつ、下げられた頭を眺め、その口から如何なる望みが語られるのかを、待つ。

「――ただいま、当家に近江よりまいられた客人が滞在しております」
 まず、返ってきたのは、前置きの言葉。
「その客人が、織田の家中に仕官を求めておりますゆえ、一度、その者に目通りをお許し頂きたく存知まする」
 続けてそう言うと、深く頭を下げた。
「――わしに、仕えたいと?」
 乳兄弟の願いが、我が事でなかったと知り、途端に興が醒めた。
 醒めた興の代わりのように覚えるは、己以外の者の為に、彼が尽力をしようとすることに対する不満と。そして、客人とやらが如何なる関わりをもって、この男に取次ぎを頼んだのか。この、尾張に生まれ尾張で育ち、己の側から離れず暮らしてきた彼に、近江の知る辺があるとも思えぬが。理が通らぬことも、不服に思う。
 その、主の不満と疑問に気付いているのか、いないのか。
 変わらぬ控えめな口ぶりで、家中に加わりたいと願う者が如何なる者かを語る。
「――は。名は、滝川彦右衛門殿――。みどもの従兄にあたりまする」
 従兄、と聞き。
 軽い疑念を覚えて、わずかに眉根を寄せた。
 己の臣らが“大御乳様”と敬う、己が乳母に姉妹などいたか、と。少なくとも兄弟はいなかった筈だ。でなければ、婿を迎えないだろう。
 主の疑念を察したのか、彼は下げていた頭をそっと上げ、軽く目を細めて小さく微笑み、言葉を付け加えた。
「近江の伯父――亡き父の兄君の息でございまする」
 母方――主の乳母の血縁ではなく。彼が元服する以前に死んだ父親の血縁なのだと。
 言外に説かれ、ただ今の疑念と共に、先の疑問も氷解した。
 なるほど、近江侍が、彼を頼ったは幾許か繋がる血の縁ゆえか。たとえ、顔を見たこともなくとも、その名と存在は知っていよう。
 それは、充分に取次ぎを依頼するに足る繋がりではある。
「滝川の家は六角殿に仕えておりまするが、彦右衛門殿は嗣子ではありませぬ。ゆえに、他家で我が身を立てたいと願われ、家中を辞されたとのこと」
「――我が身を、のう」
 主を変えねば一人前ではないなどと、言われる今の世だ。先祖代々仕えた家中に見切りをつけ、立身を求めて牢人し、次の主を探すは、然程奇怪な話ではない。
 だが。

「勝三郎」

 わずかに、片方の口端を上げ。
 くるり、と、体ごと振り返り、相手と正対すると、真っ直ぐにこちらを見やる眼差しを、正面から見返す。そして、端的に問いかけた。
「うぬの目から見て、どうだ。その者、使えるか?」
 無能な者など、いらぬ。
 たとえ、それが、代々織田の家に仕えてきた宿老であっても、だ。
 ましてや、新たに召抱えるともなれば、能無くば、会う価値もない。
 使えるか、という短い言葉に、それらの意を含ませて、穏やかな双眸を見据えれば。
 かすかな笑みをたたえたまま、彼は静かに口を開いた。
「――彦右衛門殿は、他の方とは異なる特技をお持ちかと」
「ほう?」
 揺らぎ無く、主の視線を受け止め、眼差しを返しながら、彼は短く、一言告げた。

「鉄砲を扱われます」

 その一言に、軽く眉尻をあげる。
「六角家を辞された後、堺の鉄砲職人のもとで鉄砲の扱いや製造を学ばれたと、聞きまする」
 続けられた言葉は、乳兄弟の血縁以上の関心を持てなかった不知の相手への、興味をおこすには充分なものだった。
「堺の鉄砲職人に、直接学んだというか」
「はい。堺に滞在されている間、鉄砲職人の屋に住まうておられたとか――」
「ほう……」
 鉄砲の扱いに自負があることなど、この場合二の次だ。
 製造法を知っている、といっても、本職の職人には及ぶまい。
 だが。
 その言いぶりならば、堺の鉄砲職人に直接の伝手つてを持っているということになる。
 己の傍らで、ひる下がりの陽射しに鈍く反射光を返す鉄砲を横目で一瞥し――にやり、と、口端持ち上げて笑う。

「良かろう」

 くつくつと、機嫌良さげに笑いながら、乳兄弟の願いに諾を与える。
「会うてやろうぞ。うむ、鉄砲を扱うと言うたな。なれば、その腕前も、見せてもらおうではないか」
 良き伝手を持つ男だ、運の良い男だ、と。
 顔も知らぬ男に、心中で告げる。
 己の乳兄弟を従弟に持つことも。
 堺の鉄砲職人の屋に居候していたことも。
 それらが無くば、己はその男に興など示しはしなかったのだから。
「承知仕りました。なれば、彦右衛門殿にもそのように――」
 上機嫌に笑う主に、微笑みを返して、彼は深々と頭を下げた。

 その、床についた手を。
 唐突に掴むと、ぐい、と己の側に引き寄せる。
 片手を捕られ、不自然に傾いだ格好で引き寄せられながらも、彼は主の意に逆らわず、大人しく引き寄せられた。それでも、主の身に倒れ掛からぬよう、空いた片手で我が身を支えはしたが。
「勝三郎」
「は――」
 間近に顔を寄せ、その双眸を見据えながら、低く、囁くように告げる。
「うぬは何故なにゆえ、その者に骨を折ってやろうと思うたのだ? 従兄弟ゆえか、それとも――これか?」
 口端持ち上げ笑みを浮かべながら、そう言うと、傍らに置いた鉄砲を取り、その銃身を彼の頬に添える。
 己が、鉄砲に関心を持つから、その扱いに長けていると語る男の取次ぎをする気になったのか、と。言外に問えば、彼は眉尻を下げた。
「――殿は」
 次いで開かれた口は、静かに言の葉を紡ぎだした。
「それに、手慰み以上にご関心をお持ちだと、お見受けしました。ゆえに、彦右衛門殿の特技は、殿のお役に立つかと思うたのですが……」
 浅慮でございましたでしょうか、と。
 眉根を八の字に寄せ、微かに首を傾ぐ。その仕草の為、元より添えられていた銃身に、自らの顔をいっそう押し当てる格好になったが、当人はまるで気に留める様相も無い。
 それを見、その言葉を聞き、ますます口角が上がった。
「うぬは、物がよく解っておるの」
 口端吊り上げ、目を細めて、そう言えば、相手の八の字になった眉根が緩んだ。
 乳兄弟のゆえか、この男が己のものであるからか。みなまで言わずとも察する辺りが、また、心地よい。

 手慰み程度では、勿体無いのだ。
 これは、もっと使える。
 だが、それが解らぬ輩がまだまだ多い。
 原因の一は、その扱いの容易さゆえだ。
 槍働きで名を上げられぬような輩でも、武功を上げられる殺傷力を持つがゆえに、自らの武芸に自負を持つ者は、鉄砲を軽んじがちだ。
 鉄砲など、女子供が持つものだ、武士もののふの技量とは、槍働きでこそ評価すべきだ、と、自身でも意識せぬ胸の内で思っているだろう。
 だが。

 ひやり、とした銃身で、乳兄弟の頬を撫でるように動かし、低く、囁く。
「これからの戦は、これぞ」
 南蛮から渡来し、九州から広がった、火器。
 これが、日の本の戦を変える。それは、予測というよりは、確信。
「はい」
 主の言葉に、従順に頷く乳兄弟に、更に言葉を続ける。
「いずれ、弓矢や騎馬だけでは戦など出来ぬようになる。――鉄砲を如何程持つことが出来るか。それが戦を決めることになる」
「鉄砲の数が、戦の勝敗を決めることになりまするか」
「数だけではないぞ。如何に強力な火力を備えたものを造れるか――。無駄を省けるか。まだまだ、これも補わねばならぬ点が山ほどあるわ」
 一発で、鍛え上げた軍馬も、歴戦の武士も、葬り去ることが出来る鉄砲だが。
 連射が出来ないという短所もあり、鉄砲に使う火薬の材料となる硝石は異国より買い入れねば手に入らない。
 何より、一丁拵えるだけでも、金がかかる。
 改良せねばならぬ点も多く、扱う為に整えねばならぬことも多い。
「――それに、彦右衛門殿がお役に立てれば宜しゅうございますが」
 頬に銃身をあてられたまま、緩やかな笑みを浮かべて、そう呟いた彼に。
 喉で笑いながら、あてた銃身を離し、ゆっくりとした語調で囁き返す。
「立たせてやろうぞ、存分に、のう」
 くつくつ……、と。
 ひそやかな笑い声ばかりが、ただ響いていた――――。






二〇〇八年水無月下旬

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