「おいっ! 万太郎!! なに勝手に人の携帯見てるんだよ!!」 「それより、キッド! なに、この待ち受け画面!! 誰だよ、キッドと一緒に写ってるこの子!! 彼女!?」 「従妹だ、従妹!」 「へえ、いとこがいたのか、キッド」 「珍しいだね〜。同族婚ならともかく、超人は子供出来にくいのに」 「母方の従兄妹達だよ。パパは一人っ子だから、父方にはいないぜ」 「ふうん。仲良いんだな、お前ら」 「ワシも、妹達を携帯の待ち受け画面にしてるだよ。見る? アニキ」 「……見ない。それより、キッド! その子、紹介してよ〜。ね? ねえったばあ」 「い、や、だ!」 「ケチ!」 『ある日常』(04年6月初出) |
視界に入らぬ位置に立った相手は無言であったけれど。 その気配に気付かぬほど、鈍くはなかった。 「なにか、用か? コートなら、お前のセコンドに返してもらったぜ」 視線どころか顔も向けず、素っ気無く、ケビンの口から転がりだしたにべもないその言葉に。 負けず劣らず、愛想のない硬い口調で、やや高めのアルトが返ってきた。 「用なら、あるに決まってるでしょう? もう、返してても、私は、コートを貸してもらったお礼を言ってないわ」 「――別に礼を言われる覚えはねえぜ」 蒼いマスクの後頭部に投げかけられるフィオナの声に、やはりケビンは振り返らぬままで。 投げ出すような声音で短く切り返す。 その言い分に、フィオナは苛立ち半分、呆れ半分に、少し声を荒げた。 「借りたらお礼を言うのは、当たり前の礼儀でしょ!」 それから、軽く嘆息をこぼして――わずかに微笑んでこう付け加えた。 「――ありがとう。ちゃんと対等の超人レスラーとして認めてくれて」 フィオナのその微笑は、背を向けたままのケビンには見えなかっただろうが。 「……それこそ、当然のことだろうが。リングの上で男も女も関係ねえだろ」 「男の子は、それを言わない子が多いのよ!」 素っ気無く吐き捨てるようなその口調の中に、そうではない要素がわずかながらに混じっていたことを。 呆れと苛立ちの混じったフィオナの一喝に、苦笑の成分があったことに。 気づいた者は、まだいなかった――。 『コートのお礼』(04年7月初出。05年4月加筆修正) |
「……降り出してきたな」 ぽつり、と外を眺めていたフォークが呟く。 その声に、ハンゾウとボーンも、酒場の入り口にはめられた小さなガラスに視線を向けた。 曇ったガラス戸に、ぼんやりと映る雨が描く斜線と。 扉越しでも耳を打つ、激しい雨足。 そして、わずかな隙間から屋内に忍び込んでくる、肌にまとわりつくような湿気を孕んだ空気。 「……通り雨か」 「……ちっ……。鬱陶しいな……」 カラン、とボーンの手の中で、酒に浮かぶ氷がグラスにあたり、小さく涼やかな音をたてた。 「……なに、すぐに止むだろう」 かすかな舌打ちまじりのボーンの呟きに、ハンゾウは微苦笑を口元ににじませながら、手にした酒を口元に寄せる。 「早く止んで……すっきりするといいな」 そして、視線は入り口のガラスに固定したまま、フォークがぽつり、と呟いた。 ――夕立はしばらく……止みそうにはなかった。 『通り雨』(04年8月初出) |
「きゃっほーい(^▽^) 海だ、海だ〜」 「U世ー、あんまり一人で遠くに行くんじゃありませんよー」 「ったく、しょうがねえなあ。万太郎の奴」 「けど、アニキ、泳げないんじゃなかっただ?」 「……浮き輪持ってる上に、手にも足にも浮き具つけてて溺れる奴がいたら見てみたいぜ」 「海で泳ぐのは初めてです(ワクワク)。でも、すごいですね。こんなに多くの水は一体どこから来るのでしょう?」 「それは少し説明しにくい質問だなあ。キッド、頼むわ」 「何故、オレにふる!?」 「いや、お前、二代目解説超人だろ?」<悪気なし。 「オレはパパとは違う!!」<泣きながら脱兎。 「!? キッド? どこ行くだ!?(汗)」 『海』(04年8月初出) |
「わあ、ぼたもちじゃん」 「おいしそうですね」 ある日、いつもの面子が美波理公園の万太郎のところに集まった時のこと。 テリー・ザ・キッドがお土産だと言って広げた重箱の中身を見て、万太郎とチェック・メイトの嬉しげな声音があがった。 その、万太郎の発言に、新世代超人の雑学王・キッドの駄目出しが飛んだ。 「違うぞ、万太郎。ぼたもちと呼ぶのは春の彼岸の時だけだ。そもそも『牡丹餅』というのは牡丹の花になぞらえた呼び方で、秋の彼岸の時は萩の花になぞって『御萩』と呼ぶんだ」 「え!? おはぎってこの、きな粉のやつのことじゃないの?」 重箱に並んでいるのは、二種類の和菓子。外側をあんこで包まれた“ぼたもち”と、きな粉をまぶした“おはぎ”。 その認識は間違っている、と主張する日米ハーフの言葉に、他の面々は素直に頷く。 「へー。日本語って面白いだねー」 「流石、二代目解説超人。雑学にも詳しい」 「ガゼル……しつこい」 本人的には不本意な二つ名は、夏に海に行った時から仲間内で定着していたものだった。 「ところで、キッド。もしかして、これって手作りですか?」 流しの方から、人数分の湯飲みと急須をお盆に載せて持ってきたミートがさりげなく、横道に逸れていく話題を修正する。 「ああ、大阪の小母さんが料理好きでな、みんなで食べなってくれたんだ」 キッドの発言に、万太郎は盛大に羨ましがった。 「いーなー、キッド。従妹はかわいーし、おばさんは料理上手だし。うちの母上なんか、お粥と牛丼とカルビ丼しかできないよ」 「でも、アニキのお母さんは王妃様なんだし、出来なくてもおかしくないだよ」 ぶーたれる万太郎を宥めるセイウチンの隣から、チェックの嬉しそうな声が上がった。 「キッド。これ、とても美味しいです。あんこも甘さ抑え目で何個でも食べられます」 その手には既に、三個目のおはぎが咀嚼待機をしていた……。 『お彼岸』(04年9月初出) |
「――その格好でリングに上がるつもりか?」 超人オリンピック・ザ・レザレクション。 その、英国国内予選、その会場。 コートの裾をたなびかせて試合場へ向かおうとするケビンマスクの背に、淡々とした疑問の言葉が投げかけられた。 「……オレの勝手だろうが。第一、予選程度、このままで充分だ」 苛立たしげに舌打ちし、ケビンマスクはクロエの言葉に反論する。 自分が予選ごときで敗退するなどと思っていない。本戦決勝トーナメント、それを勝ち残る実力はあると自負している。 第一、クロエ自身も、国内予選程度に引っ掛かるような男なら、わざわざ選んでコーチしない、と一度明言していた。 「勝敗の問題ではない。国内予選も勝ち抜けないような男を指導した覚えもないからな。オレが言っているのは、超人レスラーとしての礼節の問題だ」 このコーチは滅多に感情を荒げない。大概の状況下では、冷静沈着を絵に描いたように無表情に淡々とこちらの問題点を指摘する。 「リングに上がる以上、それに相応しい姿勢で臨むべきだろう。それでは場末の喧嘩と変わりないぞ」 落ち着いた声音でそう言われ、ケビンマスクは盛大に舌打ちした。 「…………予選なんぞで臨戦態勢なんかとってたまるかっ!」 そんな見苦しい真似は絶対にお断りだと、言外に主張するケビンマスクに、クロエは感情の起伏のまったくない静かな眼差しを固定したまま、目前の男が口にした言動を端的に批評した。 「――子供か、お前は」 「うるせえ! 絶対、決勝トーナメントまでリングコスチュームは着ねえ!!」 そう言いきって、ケビンマスクは足音荒く試合場へと歩き出した。 しばらくその後ろ姿を眺め――クロエは深く溜め息をついたのだった。 『英国国内予選こぼれ話』(04年9月初出) |
「ほおら、キッド。出来たでー」 楽しげな声をあげながら、ナツコは中身をくりぬき、目や口の形に穴を開けた南瓜を息子の顔に近づけた。 迫る南瓜の顔に、きゃー、と嫌がるような仕草を見せながらも、キッドの声音や顔は笑っていた。 「へえ。随分うまく出来たんだな」 母親と息子が戯れていると、牧場から戻ってきたばかりのテリーが、ナツコの力作であるジャック・オ・ランタンを視界にとめ、そう感想を口にする。 「キッドは何の仮装をするんだ?」 キッドは、ハロウィンの夜には、エレメンタリースクールの友達と一緒に家々を巡るのだと言っていた。 その事を思い出し、テリーがくしゃり、と息子の頭を撫でて、顔を寄せて訊ねると、キッドは満面に笑みを浮かべてこう言った。 「パパにはまだ内緒だよ。ねー、ママ」 「そやなー。当日のお楽しみ、や」 悪戯っぽく笑いながら頷きあう息子と妻に、テリーは笑いながらぎゅっとキッドを抱き締めた。 「パパだけのけ者か? 教えなさい。言わないと……悪戯するぞ!」 「きゃー」 父親の腕の中に抱きすくめられて、ぐりぐりと頬ずりされ、キッドの口から笑い混じりの悲鳴がもれる。 そんな二人の戯れる姿に、ナツコも声を上げて笑っていた。 『ハロウィン』(04年10月初出) |
「ねー、ママぁ。片付け、明日にしようよー」 住之江幼稚園と隣接して建つ二階堂家。その居間で、凛子の、珍しく弱腰の声音が上がる。 「駄目よ、凛子。お雛様は三日の内に片付けないと」 穏やかな口調ではあったが、ぴしゃり、とマリは娘の不平をたしなめた。 「別にいいじゃん。今時、晩婚も、シングルマザーも、離婚や再婚も珍しくないんだからさー」 反論しながらも、凛子は三人官女の一体を手に取り、紙に包んで箱に収めた。 母の気にかけているジンクスは凛子も知ってはいるが、今の時代、それ程気にするものでもないだろう、と思ってしまう。 そんな娘の主張に、マリは首を横に振り、やんわりとこう言った。 「いくら世間じゃ珍しくないって言ってもね。やっぱり親としては娘の婚期が遅れるのは気になるものなのよ」 「うーん……。でもさあ……」 親心として分からないでもないが、まだ高校生の凛子にはいまだ“結婚”というものは現実感が乏しい。 だから、愚痴がつい口をついて出る。それでも、手は母親の言いつけどおりに雛人形を丁寧に片付けていた。 そんな凛子の背中に、さらりと母親のとんでもない発言が投げかけられる。 「それにね。やっぱりお嫁にいくなら早い方がいいと思うわよ? ナツコさんも、ビビンバちゃんも、それにロビンマスクさんの奥さんも大変だったと思うわ。四十歳になってからの初産って負担も大きいもの」 雛人形のしまわれた箱を片隅に除けながら、マリが何気なく口にした言葉に、凛子は思わず勢いよく振り返った。 そして、そのまま身を乗り出すようにして猛烈に反論を始める。 「……ちょっと待ってよ、ママ! どうしてそこで例えが超人の奥さんばっかりなわけ!?」 娘の語気荒い反発に、軽く目を丸くしながらも、マリは不思議そうにこう言葉を返した。 「え? あら、だって、万太郎くんにしろ、ジェイドくんにしろ超人でしょう?」 当然のように出てきた固有名詞達に、思わず凛子は天井を仰ぎ――そして、拳を握って絶叫にも似た主張を吐き出した。 「ママ!! 言っておくけどね、わたしにはどっちも恋愛対象外なの!!」 予想外の娘の激昂に、マリは目を丸くしながらもこくりとひとつ頷いたのだった。 『女の子のジンクス』(05年3月初出) |
「――キッド。これは何ですか?」 床一面に広げられた、筒状の布地を手に取り、チェック・メイトは首を傾げた。 チェックばかりではなく、ジェイドやガゼルマン、セイウチンも、不思議そうにその布地をつまんで見入っている。 筒状に縫われたそれ、は、一方は山形に切り取られ。 そして、その表面には鮮やかにデフォルメした魚の全身図が描き出されている。 色と大きさだけ違う同じものが、あと二つ。 それに、根元だけでつながった短冊状のものが輪になった、珍妙な物体もある。 これらを、やけに丈の長い――先端に風車のようなものが取り付けられた――ポールにつなぎ、立てるらしい。 何でも、凛子から万太郎が設置の手伝いを頼まれたそうで、その万太郎を手伝う為に新世代超人達は集まったのだが。 皆、初めて見る不思議な物体に、疑問符を飛ばしていた。 「これは、鯉のぼりというんだ」 問われたキッドは、その布地――鯉のぼりの鯉を、広げ見せながら滔々と説明を始めた。 「日本では、五月五日は端午の節句と言って、子供の健やかな成長を願ってお祝いをする風習があるんだ。そのお祝いの一環として飾るのが、鯉のぼりだ」 「武者人形も飾ってさ、柏餅を食べるんだよー」 横合いから、幟をポールに結びつけていた万太郎がはしゃいだ声をあげる。 「柏餅? 何ですか、それは?」 聞き慣れない単語に首を傾げるチェックの横で、ガゼルマンが別の事柄に疑問を抱き、問いを投げかけた。 「……なあ、キッド。祝いの飾りなのは分かったんだがな。なんで、鯉なんだ?」 「それは、中国の伝承が元なんだ。中国では、滝を泳いで登りきった鯉は龍になる、という言い伝えがあるんだ。確か、それにあやかっていると聞いたことがある」 「え!? そうなの!?」 キッドが口にした説明に、万太郎が驚きの声をあげた。 その一言に、キッドのほうが驚愕を表す。 「!! 知らなかったのか、万太郎!?」 「知らないよ、そんなの!」 驚きあう二人を眺めながら。 「……あのー。日本超人なのは、万太郎先輩で、キッド先輩じゃないですよね……?」 「キッドのほうが日本人っぽいだね」 呟いたジェイドとセイウチンの言葉に、思わず頷くガゼルマンだった。 『子供の日』(05年5月初出) |
「うわあ!!?」 絶叫と共にはね起き。 「……あれ?」 ミートは暗がりの室内に違和感を覚えて、きょろきょろと周りを見渡した。 ちゃぶ台ではなく、ダイニングテーブルが置かれ。 昔なつかしのダイヤル式ブラウン管テレビではなく、だが、薄型液晶テレビでもなく。 本棚はなく、代わりにあるのは、パソコンとプリンター。 つまりは、かつて、キン肉マンことスグルと暮らしていた時分の調度ではなく、U世こと万太郎との生活で揃った家財道具が置かれていた。 「と、いうことは……あれは夢?」 超人保存装置から目覚めてみれば、そこは、超人達の性別が入れ替わったパラレルワールドだった。 と、いう事態は、別次元のミートとの精神交換によって迷い込んだ異次元ではなく、ただの夢だったのか。 拍子抜けするような、安堵するような、心持ちで、ミートは、ほう、と吐息をこぼした。 「そう、ですよね。パラレルワールドだなんて、そんな、非現実的な」 ははは、と苦笑いしながら、女性版の超人達を思い返す。 屈託がなさ過ぎて目が離せない王子ならぬ王女だとか。 親友に対する好意が行き過ぎてレズっぽかったテリーマンガールだとか。 クールビューティーかと思ってみれば意外と天然だったレディ・ロビンだとか。 まさかのロリ系だった拉麺娘だとか。 女学生(学校の宿題がどうのと言っていたし)のフロイライン・ブロッケンだとか。 豪快姐御肌のウルフマン(みっちゃん)だとか。 空回り系ドジっ子属性だったウォーズマン・ジェーブシカだとか。 他にも色々。 まあ、みんな、ぶっちゃけ、ぶっとび過ぎだったよね、うん。 などと、考えていたら。 「も〜ミート、うるさいよ〜。なに、まだ二時じゃん」 寝ぼけ声での抗議が、隣からあがった。 その声に、ミートは隣を振り返り。 「あ、すいません、U世……いいいいいいいい!!!?」 先を上回る悲鳴を上げた。 今、新たなるパラレルストーリーが幕を開ける……のか? 『ゆめ、またゆめ?』(11年1月初出) |
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