「ジェイド、メシだぞ」 「レ、レーラァ」 「どうした、ジェイド? 何を慌てておる?」 一期生と二期生との入れ替え戦で、負傷したジェイドの右腕は、不幸中の幸いにも縫合手術の経過も順調で、無事退院し、今はリハビリに励んでいた。 とはいえ、決して軽くはない傷だ。 傷が完全に癒えるまでは、トレーニングはもってのほか、とドクターにもきつく言われてもいる。 だから、今のジェイドは文字通り暇を持て余しており、書斎の本を眺め徒然を慰める毎日を送っていた。 わし自身、四六時中ジェイドに連れ添っているわけではないので(まして同じ邸の中だ)、適当な時間に様子を見る程度にとどめていた。 それで声をかけたならば、この反応だ。 挙動不審の原因として、この弟子にありえそうな理由といえば……。 「……よもや、あれほど、傷が治るまでは訓練をするな、と言っておるというのに、トレーニングをしておったのではないだろうな!」 確かに、一途なまでに訓練をする原因の一端はわしの教育法にあったかもしれんが、ジェイドにも限度を知らんところがあるからな。 牽制の意を込めて、やや語尾強く訊ねてみると、ジェイドは思い切り首を横に振って否定した。 「ち……違います! 少し考え事をしていただけです!!」 「考え事?」 そう言うと、ジェイドはわしから視線を外し、壁の方を見た。 いや、正確には、壁にかかげられた肖像画を、だ。 ――黒い軍服をまとい、唇を一文字に引き結んだ、厳格そうな一人の男の胸像――死んだわしの親父の肖像画を。 「――これは……レーラァのお父さんの、親友だった人が描いたものなんですよね」 「――ああ」 それは、親父が死んでから随分経ってから――確か、タッグトーナメントが終わった後、わしらがソルジャーキャプテンと出会う前の事だったと思う。親父の親友であり、死んだ母の兄でもあった伯父貴が描いておくってきた肖像画だった。 伯父貴が絵を描くことが達者だった事は知っていたが、彼が書くのは風景画ばかりだったので、当時のわしは随分意外に思ったものだ。 だが、その絵を毎日眺めるうちに、気付いたことがある。 絵の中の親父の、軍帽の影になって分かり辛い目元が、微かに、穏やかな笑みを浮かべていること。厳格さの中に、微かににじむその穏やかさは、確かに親父らしく、この肖像画は、写真よりも忠実に、死んだ親父を描き出していた。 そして、キャンバスの隅に、彼のサインとともに親父の魂の安寧を願う言葉が書き添えられていたこと。 それらを眺めながら、わしは、伯父貴がこの肖像画を何故、親父が死んで何年も経ってからくれたのか、その意味を考えるようになった。 そして、周囲を見渡し――気付いた。 わしが、親父の敵討ちに固執することを止めていたことに。 ラーメンマンが、再びリングに立てるめどがついていたことに。 この肖像画は、親父が死んだ――殺されたことにまつわる、因縁の糸がようやくほつれたことへの、区切りを形にしたものだ、と。 「――オレ……レーラァからお父さん ゆっくりと口を開くジェイドの言葉を聞き、以前、この肖像画をジェイドが初めて目にした時に、親父と伯父貴のことを語ったのを思い出した。 ともにブロッケン一族の超人レスラーだったが、現役時代、二人とも相手の試合を観戦したことはなかった。 ただ、試合へと出向く相手に、一言、「行ってこい」と、そう言うだけだった。 試合から戻って来た時も、その結果について何も聞きはしなかった。勝敗など些細なことだと、本人が納得の出来る試合が出来たのなら、それで充分だと、態度が語っていた。 今にして思えば、親父と伯父貴の間にあったものは、ソルジャーが語ったという友情の形に近いものがあったかもしれない。 「言葉がなくとも通じ合える――通じ合えなければ、本当の友情ではない気がしていたんです」 ぽつりぽつりと語るジェイドの言葉を、わしは黙って聞いていた。 「でも……オレ……、オレは、クリオネの試合を見て――言葉で、態度で、応援したいと思いました」 ジェイドは、無事な方の拳をきつく握り締め、そう言葉をこぼした。 そうだな。 あの時、ジェイド、お前は友の為に、声を張り上げ、声援を送っていたな。 その姿を見て、わしは……嬉しかったぞ? 戦う友の姿から視線を逸らさず、真っ直ぐに眼差しと気持ちを向けて声援を送るお前の姿は、かつてわしらにも覚えのある光景だった。 この弟子が、友情を実感として知ることが出来たかと、そのことが喜ばしく思えたものだ。 「オレは、友人には――仲間には、すぐ隣で、声を張り上げて応援してやりたい」 そうだな、ジェイド。 同じリングに上がれないのならば、せめて声だけでも届けてやりたい。 その思いは、何時の時代でも変わらぬ筈だ。 そして、それは決して間違ってはいない。 だというのに――言い切りながらも、その声にどこか迷いがあるのは、おそらく――。 「――それで、いいのだ。ジェイド」 迷うのは、ジェイド。 「友情の形はひとつではないぞ。友の数だけ、友情の形はある」 言葉に出す友情では、つながりが浅いのではないか、と思うからだろう? そんなことはない。 親父達には、言葉はなくとも良かった。 わしらも、今ならば、言葉がなくとも通じ合うところもある。 だがな、ジェイド。 そんなものは、時間とともに積み上げるものだぞ? 「ジェイド。お前は、お前達らしい友情の形を掴み取ればいいさ」 そうだ。 かつて、スグルとテリーが言い合い、殴り合い、背中を向けることもありながらも、彼らなりの友情を築き上げたように。 わしら血盟軍が、互いに同胞と思い合っていても、過度な干渉はしなかったように。 新しい時代の、若い超人達は、彼ららしい友情の形を作り上げればいい。 形は変わっても、受け継がれるものは必ずある筈だ。 それを、お前達が受け継いでくれれば、わしらは充分だ。 「レーラァ……」 振り返るジェイドに――その想いを込めて、わしは頷いてやった。 了
04年卯月上旬 |
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