餞送
 大阪某所にある、とある外国人向けマンションの玄関ホールから足を踏み出した、まさにその時だった。
「――キーッド〜」
 ドップラー効果のような音域の揺れ動きをしながら近付いてくる呼び声に、キッドは反射的に振り返った。
 視線の先には、自転車とは思えぬスピードで接近してくるマウンテンバイクが一台。
「あ〜よかったぁ、間におうたぁ」
 爆走、の二文字を背負ってやってきたのは、Tシャツに黒いズボンといういでだちの、高校生くらいの少年だった。
「どうしたんだ? ハルキ」
 ゼーハー。
 額には汗、忙しなく肩を上下させ、息はすっかり上がってしまっている少年の顔を覗きこみながらキッドは尋ねた。
 すると、手の甲で額の汗をぐい、と払い取り、少年は肩にかけたリュックの中から紙袋を取り出すとそれをキッドに差し出した。
 差し出されるままに受け取った紙袋は随分固い感触がした。口を開いて覗き見ると、中にはDVD−RAMと思しきものが入っていた。
「うちの親父がこれ、渡しとけやて」
「叔父さんが?」
 少年の父――キッドから見ると母方の叔父にあたる――からだというディスクの内容がまるで推測出来ず、キッドは目を丸くして首を傾げる。
 視線で投げかけられた疑問符に、少年――従兄弟は父親の伝言を正確に思い出そうというように、中空に目を向けて思案顔をした。
「昔のオリンピックのビデオ、ダビングしたヤツやと。急やったし、抜けとるトコもあるけど、一応予選から決勝まで映っとるそうや。時間あったら見とくとええ、やと」
 従兄弟の言葉に、キッドは先程とは違う意味で目を丸くした。
 叔父は元記者である姉の――今は父の牧場を手伝う傍らフリーライターとして活動しているキッドの母の影響からか、大層な超人レスリングファンなのだ。
 キッドが大阪駐在になってからは頻繁に叔父の家に招かれるようになり、当時集めたというコレクションの数々を見せて貰ったのだが……。
 はっきり云って今ではかなりレア物である。
 しかも、当時の公式な記録映像といえば――初代キン肉マンことキン肉スグルが処分して現在では見ることが出来ないものだ。
 素晴らしきかな、私蔵映像。
 思わず天を仰いだキッドだった。
「……ああ、ありがたく受け取っておくよ。わざわざありがとう。叔父さんにもありがとうって伝えておいてくれ」
 DVD入りの紙袋を持つ手に思わず力を込めながら、キッドは従兄弟に謝礼を述べた。
「分かった」
 まだ暑いのか、Tシャツの襟をパタパタと開いて中に風を送りながら、従兄弟は笑みを浮かべて頷いた。
 その笑みが、何故か次の瞬間引き潮のように消えて妙に真面目な表情になった。
「……あんな、キッド」
 どうしてか、躊躇いがちに言葉を紡ぐ従兄弟の様子に、キッドは首を傾げる。
「なんだ?」
 ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱しながら、従兄弟は口ごもりながらもその先を口にした。
「オレはよう分からんへんけどさ、やっぱ、オリンピックちゅーのは特別なんか?」
 その問いに、一瞬だけキッドの動きと思考が止まった。
 超人ならば――決して不思議にも思わない事を問われた驚きに。
 そして次の瞬間気付く。
 血がつながった従兄弟といえど、そこには超人と人間の差異があったのだ。
 まして、叔父とは違い従兄弟は超人レスリングに馴染みがない。
 超人にとってそれがどれほど憧憬に値するものか、解らなくても無理はない。
 内心そう自分を納得させて、キッドは従兄弟の問いに深く頷き重々しい断言をもって答えを返す。
「ああ、勿論だ」
「……そっか」
 キッドの返答に、従兄弟は複雑そうな表情を浮かべ少し俯いてそう呟いた。
 が。
「頑張れや」
 次の瞬間、顔をあげキッドの目を真っ直ぐに見て、従兄弟は激励の言葉を口にした。
「オレには正直、あんま、よう分からへん。オリンピックとか、レスリングとか、そない興味なかったし。そやけど、キッドにとってそれが特別なもんなら……それやったら、オレ、応援するから」
 言葉そのものはたどたどしいものだったが――けれど、その巧みではない言葉には不器用ながらも確かな想いがこもっていた。
 相手が求めるものならば、その願いが叶うようせめて応援しようという、その心にキッドは自分の中で満ちる何かを感じた。
「……サンキュー、ハルキ」
 だからこそ、自然に感謝の言葉が漏れた。
「……試合、テレビに映るんか? 映るんやったら――ちゃんと見とるから……な?」
 照れたように髪を掻き乱しながら、従兄弟はぶっきらぼうにそう言葉を付け加えた。
「ああ、サンキュ。――見られてるならかっこ悪い試合は出来ないな」
 こちらも照れ隠しに片目をつぶって悪戯っぽく云ってみせる。
「おう、大負けしたら笑ったる」
 そんなキッドの軽口に、従兄弟もにやりと笑って応じてきた。
「ふん、誰が負けるか。――じゃあ、行って来るぜ」
「おう、行ってこいや」
 笑って言い合いながら、どちらともなく拳を突き出しそれを合わせあう。



 ――――テリー・ザ・キッドがアメリカ代表の切符を手にしたのはそれから半月後のことだった。






2003年長月制作

種族を超えた友情パワー。熱いばかりが友情じゃないんだぜ!をコンセプトに(笑) 駄目っスか?
キッドには絶対年の近いいとこがいる。ナツコさんは絶対お姉さんで弟か妹がいる。こんな月読の妄想想像から生まれたのがこれ。
なお、DVDの抜けているところとは……20回大会準決勝第二試合と三位決定戦――テリー反則負けと反則勝ちのアレです。
急だったから揃わなかったではなく、意図的に省いたんです(爆笑)
ちなみに、いつものことですが月読はタイトルに造語を使う率が高いです。今回もです。
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