富士のすそ野、トーナメントマウンテン。 かつて、タッグトーナメントの試合会場となったその難攻不落の山脈からほど近い場所に、超人委員会の施設があった。 その施設は、タッグトーナメント開催時に、出場選手を受け入れる為に作られたものだった。 医療施設や宿泊施設を兼ねたその施設には、近くの温泉郷からひかれた温泉が使われている浴場も完備してある。 その浴場は、今回、世代を越えた試合を行う全盛期の伝説超人達と、新世代超人達とが、戦いの汗を流す為に解放されたのだが……それが一つの怪奇談を生み出すこととなることを……まだ誰も知らなかった――――。 超人用だけあって並みの温泉浴場より(かなり)広く作られた脱衣所では、若き超人達が入浴支度をしていた。 最長なら二年程の付き合いだというのに、まっとうに団体行動をしたことのない新世代超人達は――特に十代で暗い過去を持っていなかったり、改善出来ていたりする面々のテンションは若干上がり気味だった。 なにせ、温泉初体験のメンバーが多いので無理もない。 そこには、ある種、修学旅行的な浮かれの気配があったことは否定出来ないだろう――ただし、一部を除いて、だが。 「あー、やっぱ、先生達、先に入ってるんだ。ホラ」 「だろうなあ。オレ達が医務室行ってる間に来たんじゃねえか?」 「やっぱり、全盛期の先生方は強いだねー」 「ミート、この篭はなんに使うんですか?」 「それはですね、その中に脱いだ服を入れて、棚に戻すんです」 「……やっぱ、チェックの肩のそれって、身体の一部なんだ?」 「そうですが――変ですか?」 「いや、変っていうか……超人だからな」 「て、いうか、スカーやイリューヒンの頭のそれが身体の一部じゃなかったことのほうが、ボク、びっくりしたけどね」 「……そうなのか? オレはマスクマンだと思われていなかったのか――」 「う〜ん。言われたら納得するんだけどな」 「ちょっと待て。それじゃ何か? これはオレの身体の一部だとでも思ってたのか? 万太郎先輩よお?」 「うん」 ゴツン。 「いったー! 殴ることないじゃん!」 「……むしろ、オレはスワローテールが着脱可能なほうに驚いたな」 「スワローテールがはがされた時のあの出血はなんだったんだろう……」 「超人界でそんなこと、気にするんじゃねえ」 初めて知る仲間のプライベートに、各々、普段よりも口数が多くなっている。――まあ、例外はいるが。 その例外の一人が、公衆浴場のマナー的にはご遠慮いただきたい行動を取ろうとしていたのを、視界の端で認めたスカーフェイスが、それを咎める言葉を口にした。 「おい、ヒカルド。オーバーボディは脱げよ」 ここは超人向けの施設なので、覆面超人用に施錠可能な小浴場も完備されている。 当初、そちらへ行こうとしていたヒカルドとケビンマスクをこちらの大浴場へと、半ば以上無理矢理に引っ張りこんできたのは誰あらん、スカーフェイスだった。 ケビンに対しては半分以上嫌がらせだが、ヒカルドに関しては、他人と距離をおこうとする彼を強引にでも己の殻から引っ張り出そうという、口は悪いが、実は世話焼きのスカーフェイスなりの気遣いなのだ。(なお、ハンゾウに関して拒否権が認められたのは、こちらは他人と交わっているからである。) もっとも、それに気付くほど、人の心の機微に通じた奴は新世代超人にはいないのだが。 「…………駄目か?」 オーバーボディに着ているリングコスチュームを脱いだだけの状態で浴場へ行こうとしていたヒカルドが、小さく聞き返す。 オーバーボディの下の肉体に対して心理的葛藤を抱えるヒカルドである。 オーバーボディを脱ぐことを、控え目に拒否するヒカルドに、スカーフェイスは呆れたように大袈裟な溜め息をついた。 「……。意味ねえだろ」 正論である。 オーバーボディのまま入浴して、清潔を保てるかどうか、怪しいところだ。 類似例で、マスクをつけたまま洗顔・洗髪するのは衛生上どうか、というものもあるが、ヒカルドと異なり、こちらは死活問題なので、あえて誰もつっこまなかった。 それよりも、ヒカルド同様、スカーフェイスに強制的に大浴場に連れてこられたもう一人の男が、背中に『嫌』の文字を大書して背負いながら、観念したように入浴支度を始めた姿を見とがめたことのほうに、関心が向かう。 おもむろに鉄仮面に手をかけ、それを外し、長い髪をうっとおしげにかき上げる刺青の背中に、ガゼルマンの驚愕の声が投げかけられた。 「ケビン!? いいのか、マスクを外して?」 「……ちょっと待て。どこの世界にこんなもん被ったまま風呂に入る奴がいるんだ」 ガゼルマンの発言に、ケビンマスクは肩越しに振り返ると、呆れたような声音で、一般的に正論の部類に入る反論を口にした。 その言葉の後をとるように、スカーフェイスの説明的な台詞が続いた。 「こいつ、意外に気楽にマスク脱いでるぜ。メシの時とか、寝る時とかな。d.M.pがらみなら、こいつの素顔知ってる奴は結構いるぜ」 さらり、と言われた一言に、ガゼルマンは深々と嘆息し、しみじみと呟いた。 「……意外だ」 万太郎と付き合っているせいで、“マスクマンはマスクを脱がない”という先入観にとらわれていたようだ。 確かに、鉄仮面を被って風呂に入ろうものなら、頭部だけサウナに入っているようなものだ。 その会話を聞いていた一同は、納得半分、興味半分で初めて見るケビンマスクの素顔を眺め見た。 本人に隠す気がないなら、見ても失礼ではあるまい。 が、見られている当人にしてみれば、こういう注目を浴びるのは好ましくはない。チッ、と高く舌打ちをし、ケビンマスクは独り言めいた呟きをもらした。 「別にどこぞのブタじゃあるまいし、素顔を見られても死ななきゃならねえワケでもねえのに、一日中被ってられるかよ。――まあ、確かにツラを知られてねえほうが楽だがな」 「ちょっと、ケビン! 誰がブタだよ!!」 既にケビンマスクの毒づきは口癖の域に達しているのだが――現に、スカーフェイスやイリューヒン、ハンゾウはケンカごしでもなければ取り合わない――万太郎の怒りスポットを大いに刺激する単語に、盛大な不平の声が上がった。 「るせえぞ、ガキども」 いい加減、若者達の騒がしさにいらついてきていたのか、ボーン・コールドが発したドスのきいた一言で、ようやく脱衣所が静かになる。 その、鎮まりかたの見事さに、怒鳴るばかりが芸ではない、と、今後のしつけ方法について一考するミートだった。 ――ちなみに、ボーン・コールドが大浴場に来た理由は、社交的理由ではない。 小浴場は、マスコミの撮影を防止する為、採光の窓が曇りガラスになっていて景色が見えないからだ。 逆に、大浴場は壁の一面が総ガラス張りになっている為、パノラマ画面で富士山が見え、絶好のロケーションである。 しかも、大浴場は露天湯付きである。 温泉宿並みの入浴施設なのだ。堪能しないのは勿体無かろう。 さて。 そうこうと騒ぎながらも脱衣を終え、新世代超人達はぱらぱらと脱衣所を出て、大浴場の中へと移動していった。――その先にあるものを知らず……。 脱衣所同様、広い浴場には、予測どおり人影が幾つもあった。 わいわいと、仲間同士会話を交わしながら洗い場へ歩を進めていく新世代超人達のうちの誰かが、ふと視線を浴槽へと向けたのが、運のツキだった。 最初にそれ、を視界におさめた者が、表情ばかりか動きまで強張らせたことに、他の者も気付き、その視線を追ったことを、後悔した者も多かっただろう。 事実、それ、を見た、チームAHOとその仲間達&新アイドル超人(一部除く)、そして事実上現役引退した元超人暗殺者は、全員例外なく絶句した。 それ、は浴槽の中にいた。 浴槽の中で、湯に身を浸し、温泉を満喫していた、その行動は決して不自然なものではなかった。 不自然だったのは、その風体だ。 別に服を着ていたわけではない。 むしろ、そっちの方がましだっただろう。 その男は――フェイスタオルをマスク状に顔に巻いて鼻や口を覆い、更にもう一枚のタオルでほっかむりをしていた。 かろうじて露出している目元も、ほっかむりの影になって判別しがたく、面相がまったく分からない状態になっている。 風呂場で、顔をここまで厳重に隠しているのである。 はっきり言って、怪しい。 怪しいを通り越して、完全に不審者だ。 おそらく、普通の公衆浴場でこんな人物を目にしたならば、速攻で脱衣所に回れ右をして、電話機に飛びつき110番をダイヤルするかどうか真剣に考えること、うけあいである。 たとえ警察を呼ばなくても、そのまま脱兎のごとく逃げ出すことだけは間違いない。 「どうしたんだ、お前ら? そんなところで突っ立ってないで早く中に入ったらどうだ?」 不自然に立ち止まり、言葉もない新世代超人達の様相に、湯船の中でブロッケンJr.が不思議そうに首を傾げる。 フェイスタオルマスクマンのインパクトに比べれば、彼の二の腕に刻まれた鍵十字をあしらった刺青や、同じ湯船の中にいる三面六臂の人の大仏頭や、あるいは、その隣の洗面桶を頭の上に乗せている忍びの者でさえ、驚きに値しなく感じるのだから、不思議である。 むしろ、こういう状況下で、どうして他の伝説超人達は何事もないような顔をして共に入浴出来るのか、理解に苦しむところだろう。 それどころか、彼らは、新世代超人達――特にその中でも若手の面々が――凍り付いてしまっている理由にすら気付いていそうになかった。 そして、新世代超人達の中でも、ヘラクレスファクトリーに在学したことのある面子が思わず頭を抱えたくなるような事実も発覚したのだった。 「先刻から騒がしいぞ、お前達。風呂くらい静かに入れんのか」 フェイスタオル越しのくぐもった声ではあったが、顔だけ厳重にガードしているその怪しい風体の男が発したその声は、聞き間違いようのない、この場の全員が知る人物の声だった。 そう、その不審極まりない風体の男は――超人界の未来を嘆きたくなることに、ヘラクレスファクトリー現校長にして、英国超人協会の重鎮だったのだ。 ――教え子達がちょっと泣きたくなったのは言うまでもない。 しかし、更にダメージの大きい人物がいた。 「…………小浴場で入りなおしてくるぜ」 ふらふらと踵を返し、脱衣所へと戻っていく件の不審者の一人息子に、スカーフェイスはなんとも言いがたい表情を浮かべながら、やけに平坦な口調で、こう応じたのだった。 「――――ああ。今度は止めねえよ」 実際、こんな怪しい格好の父親と同席などしたくない心境は、その場の誰もが理解し、納得出来るところだった。 英国随一の奇族の遺伝子を望んでもいないのに受け継いだ若き超人に、周囲の新世代超人達からなんとも言いがたい生暖かい同情の眼差しが向けられたことは――言うまでもない。 了
2004年葉月下旬 |
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