数々の名試合が生まれた田園コロシアム特設リング。 そこには、今、本来ならば叶う筈のない世代を超えた全盛期の超人達が集っていた。 「ケビン。一度家に帰って来い」 『それ』は、レジェンド・ロビンマスクの唐突な一言から始まった。 「……はあ?」 八歳で家出し、本来の時間軸でならつい三ヶ月ほど前まで――つまり、オリンピックグランドファイナル決勝戦が終わるまで――、顔をあわせるどころか連絡すら取ろうとしていなかった父親に、何の前置きもなくそんな発言をされ、ケビンマスクはあからさまな不審の声音で、短く、そして愛想なく訊きかえした。 鉄仮面の下では、間違いなく眉間に皺を寄せ、不機嫌120パーセント全開の表情をしているであろうことがありありと窺える息子の態度を、気にした風もなく、ロビンマスクは腕を組み胸をそらして、こう言った。 「お前ももう二十歳を越えたことだ。そろそろ、見合いをして結婚相手を決めてはどうだ」 「はあ!?」 予測もしていなかった不意打ちの提案に、ケビンマスクの口から洩れ出たのは驚きと困惑と呆れの入り混じった問い返しだった。 しかし、父親はといえば、そんな息子の様相など気付きもしない様子で、やけに楽しげに――どこからともなく見合い写真を何枚か取り出し、話を続けた。 「見合いの相手は既に候補が何人かいるのだ。私としてはやはりそれなりの家柄の令嬢が良かろうとは思うのだが、お前の好みには合わんかとも思ったのでな。超人の家系のお嬢さん方を選んでみたのだが……どうだ?」 一応は、息子のことを念頭にはおいてみたらしいが、それ以前の問題だということを分かっているのかいないのか、一気にまくし立てると、ロビンマスクは息子に突きつけるように、見合い写真を開き見せる。 その、親の身勝手がありありとにじみ出る態度と主張に、当の息子は返す言葉を咄嗟に見い出せず、古馴染みの仲間達の大部分は頭を抱え、周囲の若き超人達も目前の親子に唖然とした視線を送るしか出来なかった。 そんな新世代超人達の中でただ一人、お調子者を代名詞に持つキン肉万太郎が、果敢にも発言を試みた。 「はーい、ロビンせんせー、だったら、セイウチンの妹も超人だし、いーと思い」 「てめえは黙ってろ!!」 バキッ! 「おわああ! 万太郎!!」 面白がっていることがありありと分かる笑みを浮かべて、万太郎が挙手とともに告げようとした言葉は、最後の「まーす」を発することはなかった。 この場の勢いでドロシーをケビンマスクに押し付けようと目論んだ万太郎の浅はかな企みは、ケビンマスクのヤクザキックによって地に沈められた。 奇麗に鳩尾に入った一蹴りによって失神した万太郎や、それにうろたえるキン肉スグルの姿をさっぱキレイに記憶と視界から消去し、ケビンマスクは父親に猛烈な反論を開始した。 「ちょっと待て、クソ親父! 勝手に話を進めてんじゃねえ!!」 息子の立場からすれば、至極当たり前の反論に、当の父親は、反発の理由が理解出来ぬとばかりに声を荒げる。 「! 何が気に食わんというのだ、ケビン!! 私が厳選した花嫁候補達の何が不満だという!?」 「ダディが選んでる時点で不満に決まってるだろうが!!」 「なんという言い草だ、ケビン! この父がお前の幸せを願って選んだのだぞ!!」 「馬鹿だろ、あんた! あんたのやり方が嫌で家を出たってのに、何でダディの決めた女と結婚しなきゃいけねえんだ!! 第一、オレはまだ二十歳だ! 結婚なんてする気はねえよ!!」 「親に向かって馬鹿とは何事だ、馬鹿とは!!」 「馬鹿以外の何だって言うんだ! クソ親父!!」 「ええい、この馬鹿息子が! まだ二十歳ではない、もう二十歳だ! 私がアリサと結婚したのは二十三歳の時だぞ! それを考えれば婚約ぐらいはしていても不自然ではない!!」 「世間一般の常識に照らし合わせたら早いだろうが!」 「早くなどない! お前の祖父、我が父・ロビンナイトも、お前の年には既にお前の祖母と婚約をしていたぞ!!」 「グランパがどうだろうと、オレには関係ねえよっ!!」 果てしなく平行線を爆走する親子の論争に、周囲の伝説超人や新世代超人達は、ある者は唖然と、またある者は頭痛を抱え、別のある者は対岸の火事と面白がって、その様相を眺めていた。 そして。 その大口論の行く末を、アリーナ最前列で、誰よりも心配かつ狼狽していた人物に、火の粉は突然に降りかかってきたのだった。 「ウォーズ! お前もケビンに身を固めて欲しいと思うだろう!?」 「ウォーズさん! ダディの言い分は身勝手すぎると思うよな!?」 「コーホー!?」 いきなり話を振られ、驚愕と困惑のあまり、一瞬ウォーズマンは言葉を忘れたようだった。 「息子には似合いの相手と結婚させて幸せになってもらいたいという、この私の親心、お前にも分かるであろう、ウォーズ!」 「……ああ……分からないでも……ないが……」 「どう思う、この身勝手な言い分! ウォーズさんも、オレの人生、自分の思い通りにしようとするダディのやり方は勝手だと思うだろ?」 「……いや……君の言いたいことも分かるが……」 流石、似た者親子である。 見事なまでにぴったりとあった呼吸で、ウォーズマンに意見を求めてきた。 双方、明らかに『ウォーズマンの同意があれば、相手の意見を潰せる』という意図がありありと分かる主張の仕方だった。 その主張に、ウォーズマンが困り果てていても、だ。 どちらの言い分も否定出来ず、困惑の極みにあるウォーズマンの目前で、親子喧嘩は更にヒートアップし始めた。 「ケビン! お前もそろそろ結婚を意識しても可笑しくない年だぞ!? それとも……見合いが嫌だということは、既に相手がいるのか! ならば連れて来い!!」 飛躍した父親の主張に、息子は激昂して怒号を上げた。 「いねえよっ! オレが興味があるのは、今より強くなることだけだ! 恋愛なんかに興味はねえよ!!」 親の立場からすれば、年頃の青年としていかがかと思われる息子の主張に、今度はロビンマスクのほうが一喝した。 「馬鹿者! それはそれで問題だ!!」 「……いや、ロビン……そんなに心配しなくても、ケビンなら、きっと似合いの相手を見つけられると思うぞ? 随分もてるようだし……」 完全に感情的になっている二人を何とか仲裁しようと、ウォーズマンがそう言うと、ロビンマスクはさもあらんと強く頷き、そして、公衆の面前では遠慮していただきたい発言をぶちかました。 「当然だ。アリサに似て美男子に生まれついたのだからな。どんな女性でも一目で魅了出来るに違いない」 「……」 「…………恥ってもんはねえのか、てめえには……」 マスクマンなんだから、顔どうのこうのは関係が無いだろう、と、つっこむ気力さえ萎えるような、いきなりの妻自慢発言に、ケビンマスクは肩を落としこうべを垂れて、恥ずかしさと苛立ちに声を震わせる。 その横では、仲裁どころか、事態を悪化させた予感に、ウォーズマンが視線を泳がせていた。 「何を言うのだ、ケビン! 妻を褒めることは夫の務めだ!!」 「褒めなくてもいいから、家に居つけ!! 大体なあ、年の半分しかロンドンにいなかったウォーズさんのほうが家にいたじゃねえか!!」 現在進行形で家出中の息子の言う台詞ではなかったが、今、この親子の間にある空気は、それをつっこめるような状態ではなかった。 「仕方あるまい! 私は昼間は仕事で家にいなかったのだからな。夜しか家におらねば、子供時分のお前の記憶に残らなくとも当然だ。比較にはならん!!」 「威張って言うなあ!!!!」 胸をそらし、高らかに言い返すロビンマスクの言葉と態度に、この場にテーブルのひとつでもあれば『ちゃぶ台返し』が発動しそうな勢いで、ケビンマスクは怒りの絶叫をあげた。 しかし、息子の激昂ごときでひるむロビンマスクではない。 「ウォーズ!」 語尾強く、弟子の名を呼ぶ。 呼ばれた弟子の方も、思わず背筋を伸ばして、言葉を返した。 「!? ……なんだ、ロビン……」 「お前も、ケビンの子供を見たいと思わんか!?」 「……え? ……それは……そう、だな……」 唐突な問いかけに、疑問符を顔中に浮かべながらも、その問いかけに対して否定の答えを持たなかったので、ウォーズマンは戸惑いながらも素直に頷いた。 弟子の肯定に、ロビンマスクは我が意を得たり、とばかりに息子にたたみかける。 「ケビン。私も生きているうちに孫の顔が見たい。ウォーズもお前の子供の顔が見たいと言っているぞ」 「……ぐうう……」 後半部分に思い切り力を込めて、叩きつけられた父親の言葉に、流石のケビンマスクも、若干言葉に詰まった。 しかし、そこはそれ。ケビンマスクも負けてはいない。 「…………ウォーズさん」 低く地を這うような声で、かつてのセコンド兼コーチ、なおかつ準父親で兄代わり、という非常に密接なかかわりを持つ相手の名を呼ぶ。 「ああ……なんだ、ケビン」 その声音に、わずかに気圧されながらも、ウォーズマンは呼びかけに応えることを忘れなかった。 「ダディはマミィと恋愛結婚したってのに、オレにはダディの決めた相手と結婚しろってのは、理不尽だって思うよな? 人生の大事を他人に決められたくねえっていうオレの言い分は間違ってないよな!?」 常日頃の彼ならば言わないような情理を揺さぶる論法で、ケビンマスクはウォーズマンに訴える。 「……確かに……。結婚は、そう簡単に決めていいようなことじゃ、ないな……」 そして、ウォーズマンの性格を把握した上での質問は、当然のようにケビンマスクの期待する返答を導き出した。 その応えに、ケビンマスクも先程の父親同様、勝ち誇ったような声音を上げて頷いた。 「だよな! ウォーズさんもそう思うよな!!」 「……ムウウ……」 戦術的には非常にいいところをついたケビンマスクの弁論に、不覚にもロビンマスクは返答に詰まる。 しかし、だからといってここで退くロビンマスクではない。 「ならば、ケビンよ! 今すぐ結婚をしろとも婚約者を決めろとも言わん。が、一度会うだけでも会ってみんか?」 「ハッ! 会うだけで済ませる気なんてねえくせによく言うぜ。あんたのことだ。引き合わせたらそのまま勢いで婚約まで決めちまうに決まってる!」 「ケビン! そこまで親を疑うか!!」 「信用出来るような下地がいつあった!?」 父子の溝は果てしなく深く、そして、この口論はそれを助長しているのか、表面化させているのか、判別が付けがたいところだった。 「……お前は昔からそうだった! 何かといえばウォーズ、ウォーズ……。ケビン! お前はウォーズと私と、一体どちらが父親だと思っているのだ!!」 「認めたかねえが、血縁上も法律上も社会的にもあんたが父親なのは否定しねえよ!!」 「……ケビン……」 父親からの息子の態度への不満に対する、速攻の反論に、当の父親よりも横で聞いていたウォーズマンの方が頭を抱える。 「ええい! 理解しているのならば、少しは親の言うことを聞け!!」 「ハン! 八歳までの間に一生分聞き尽くしたぜ!」 「……ロビン……ケビン……少しは落ち着いて話してみないか……?」 「「充分、落ち着いている!!」」 控え目に、提案してみたウォーズマンの一言に、返ってきたのは、恐ろしいほど息のあった怒声だった。 それこそ、これが落ち着いていれば、世の中に落ち着いていない人は存在しないであろう、というくらいには、二人とも激していた。 「息子の幸せな結婚と孫の誕生を願うのは親として当たり前のことだ!!」 「……それは……そうだが……」 「ダディの言いなりの人生なんてお断りだ! オレにはオレの意思がある!!」 「……言いたいことは……分かるんだが……」 「ウォーズ! 私の言い分を間違っていると思うか!?」 「ウォーズさん! ウォーズさんはオレの味方だよな?」 「…………」 両サイドから同意を求められ、そのどちらも否定出来ないウォーズマンは思わず頭を抱えるしかなかった。 「…………少しは……お互い、譲り合わないか……? でないと、ずっと結論は出ないんじゃないか……?」 それでも、反目する親子の関係を少しでも歩み寄らせたいウォーズマンは、控え目に折衷案を提示してみた。 しかし、その返答は恐ろしいほど即答かつ明瞭なものだった。 「「こいつが聞こうとしないのだから、仕方ないだろう!?」」 ……一字一句、一分のズレもない見事なハモリである。 ますますウォーズマンは頭を抱えるしかなかった……。 そして、苦悩するウォーズマンをよそに、白熱する親子の口論は、とうとう最終段階へと進んでいた。 「どうせ話したって無駄だ、手っ取り早くリングの上で決着をつけようじゃねえか、クソ親父!!」 「よかろう! 受けて立つ!!」 ……現在の外見年齢二十代後半、中身は還暦過ぎの父親と、外見も中身の二十歳そこそこの息子の出した結論としてそれは如何なものか。 それをつっこむ者は、生憎おらず。 代わりに田園コロシアムには、ゴングの音が高らかに響き渡ったのだった――――。 ……ちなみに。 親子喧嘩の決着は――本気で結婚したくなかったのだろう、ケビンマスクのピンフォール勝ちだったという…………。 了
2004年水無月下旬 |
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