『肉ゲー劇場・番外編』
 四次元殺法コンビいわく『時空交錯』の只中に巻き込まれた新世代超人と伝説超人達の、『いい機会だからやっておこう手合わせ』(提案・ハラボテ委員長)が行われている試合会場の片隅でのことだった。



「よお。どうした、やりすぎちまったか?」
 頭上からふってきたバッファローマンの声に、ウォーズマンが顔を上げると、意外に近い位置に相手の頭があった。
 相手が、上体を屈ませ、覗き込むような姿勢をとっていたからだ。
「――いや、そんなことはない、と思うが……。一応、試合の後はケアをきちんとした方がいいだろう?」
 言いながら、ウォーズマンは手につかんでいる腕を丁寧に揉みほぐす。その腕は誰のものかといえば……。
 バッファローマンが視線を動かせば、不貞腐れたようにそっぽを向きながら、されるがままになっているケビンマスクの後頭部に行き着いた。
 先程の対戦で、自身がひたすら痛めつけた関節をウォーズマンはマッサージしているわけだ。
 見ようによっては、微笑ましいというより笑える光景ではある。
 くくく……、とバッファローマンが堪えきれない笑いを喉の奥で転がせば、明後日の方角を向いたままのケビンから、 いかにも不機嫌そのままの抗議の声が上がる。
「…………何が面白いんだよ」
 むす……、という擬態語がそのままあてはまりそうなケビンの声音に、バッファローマンはふきだしそうになるのをすんでのところで抑えた。
 非公式とはいえ衆目の前で――いくら相手が相手とはいっても――見事なまでの完敗を喰らったことは、やはり面白くないらしい。
 ――それをあからさまにするあたりが、まだまだガキの証拠なんだがな。
 なにぶん、古い仲間の子供だ。多少憎まれ口を叩かれても、怒る気にもなれない。むしろ、その子供っぽさが笑いを誘って仕方がないくらいだ。
「――ケビン、なんだあ? その態度は?」
 にやり、とやや人の悪い笑みを口端に刻むと、バッファローマンはケビンの後頭部に手を伸ばし――その鉄仮面の頭頂部を、子供にするようにやや乱暴な手つきで撫で回し始めた。
「! 何しやがる!!」
 全盛期のパワーファイターが現役の超人レスラーにする『頭なでなで』である。子供にならするであろう手加減など一切なしなのだ。それは半ば以上、『脳震盪狙いの頭部攻撃』といってもいい筈だった。
「人と話す時は、顔をこっちに向けるのが礼儀ってもんだろうが。なあ、ウォーズマン?」
 バッファローマンの腕がケビンに向けて伸ばされた時点で、ウォーズマンの手はケビンの腕から放されていた。
 なので、バッファローマンは遠慮なく、ケビンを引きずり寄せると、片手でアームロックのように頭部を抱きかかえて、その側頭部に『うめぼし攻撃』を仕掛け出した。――この場合だと物理攻撃ではなく精神攻撃だが。
「……ああ……それは……そう、だな……」
 止めるべきか否か、悩んでいるのだろう。ウォーズマンの返答は歯切れが悪かった。
 ケビンは明らかに嫌がっているが、バッファローマンは非常に楽しそうなのだ。
 特に、バッファローマンの行動は、外見が若くなっているのに中身も影響されているのか、ウォーズマンに昔――今の外見通りの年齢だった頃に戻ったような錯覚さえ覚えさせた。
「そういや、ケビン。お前、入れ替え戦の時も、オリンピックの決勝の時も、挨拶ひとつしに来なかったなあ? ガキの頃、遊んでやったこともあるってのに、随分な不義理じゃねえか」
 ニヤニヤ笑いながら、鉄仮面の頭をぐりぐりと揺らすようになぜまわす。
「この……っ、何時の話だ、何時の!!」
 振りほどきたいのは山々だろうが、なにぶん、既に首を固められている以上、ケビンのほうが不利だ。自分の首にしっかと絡みつくバッファローマンの腕を両手でつかみはずそうともがきながら、ケビンはいらだたしげに叫ぶ。
「そうだなあ……。ロビンちには二回しか行ってねえからなあ。お前がふたつかみっつの頃じゃねえか?」
「覚えてるわけ、ねえだろっ!!」
 涼しい顔で言ってのけたバッファローマンの述懐に、間髪いれずケビンの怒声が飛ぶ。
 じたばたと暴れるケビンを力任せに押さえ込むバッファローマンの表情がやけに楽しげで、それがいっそう、かつて仲間同士でじゃれていた当時を思いおこさせた。
 その頃の子供じみた若干過激なじゃれあいが、目の前の光景にだぶり、なんとはなしに微笑ましさを覚え、ウォーズマンは目を細める。
「いい加減、放しやがれ! このクソジジイ!!」
 足掻くケビンの口から吐き出された悔し紛れの悪態に、バッファローマンはわざとらしく『悪魔的な』笑みを浮かべて見せた。
「はあん? そういう憎まれ口を叩くのは……この口か、おい」
 口元は意地悪く、目元は面白そうに、笑いながら、バッファローマンは片手でケビンのマスクのちょうど口元を覆う部位をつかむと、おもむろに上下に揺さぶり始めた。
「! なに、しやがる……!」
 徹底的に遊ばれていることに抗議したくても、顔面をつかまれ振り回されていては、思うように口を利くことも困難だ。
「可愛げのないガキにはおしおきが必要だよなあ?」
「誰が……ガキだよ……!」
「六十越えりゃあ、二十歳そこそこの若造なんざ、まだまだガキにしか見えねえよ」
 楽しげにケビンを振り回すバッファローマンに、流石に見かねて、控えめなウォーズマンの制止が向けられた。
「――バッファローマン、あまりいじめてはかわいそうだぞ?」
「相変わらず、甘いぜ。ウォーズマン。ガキってのは、多少乱暴に扱うぐらいでちょうどいいってもんだ」
 ケビンのマスクの前面をつかんでいた手を離し、人差し指を立てて軽く横に振りながら、おどけた口調でバッファローマンがそう言うと、その脇からケビンの抗議の声が上がった。
「どこが、多少だ……!」
「充分、手加減してるじゃねえか。それとも何か? 可愛らしく『高い高い』でもしてやろうか? メートル単位で飛ばしてやるぜ、ハリケーンミキサーでな」
「それはもう、『高い高い』じゃねえだろ! 大体、ガキ扱いすんな!!」
 悪戯っぽく口にしたバッファローマンの台詞に、ケビンが激昂して噛みついてくる。
 そのやりとりがやけにコメディ調だったので、ついウォーズマンの口から小さな笑い声がこぼれた。
「ウォーズさん……」
 その笑い声を聞きつけ、ケビンの口からやや恨めしげな声がもれる。
「……いや、すまない。少し、昔のことを思い出してな」
 機嫌が下降の一途を辿っているケビンに、笑った声を素直にわびて、ウォーズマンは言葉を続けた。
「君が三歳になる少し前だったかな? 偶然、バッファローマンと一緒にイギリスを訪ねたことがあったんだ。その時、バッファローマンが君に『高い高い』をしていたことをふと思い出したんだ」
 懐かしそうに目を細めて語るウォーズマンの言葉に、バッファローマンも頷き、ケビンに話の水を向ける。
「あの時は、そりゃ楽しんでたのになあ。今は高いところが駄目なのか?」
「そういう次元の問題じゃねえだろ!!」
 既に頭から湯気を出しそうなほど、かっかとしているケビンが、本日何度目かの怒声をあげた。
 その、怒声にかぶるように、別の人物の声が投げかけられてきた。
「……おい、ケビン。なにやってんだ、お前?」
 若干の呆れを含んだ声音に、三人が視線を向けると、そこにはヘラクレスファクトリーの二期生でありd.M.pの生き残りでもある、という経歴の持ち主が、あきれ返ったような半目の視線をこちらに向けて立っていた。
「よお、スカーフェイス」
「やあ」
 元教え子へ気さくに片手を上げて呼びかけるバッファローマンの隣で、ウォーズマンが穏やかに笑って軽い会釈をする。
 そんな伝説超人達の気軽さに、軽い眩暈を覚えないでもないスカーフェイスだった。
「――何のようだ、マルス」
 憮然としたケビンの問いかけに、スカーは口端を軽く上げて皮肉に笑うと、親指で背後を――リングの側に集まっている新世代超人達を指し示した。
「お前を呼びに来たに決まってんだろうが。雪辱戦、オーダー決めるぞ」
 スカーが言う雪辱戦、とは団体戦のことだ。
 伝説超人対新世代超人という形でオーダーを組み、団体戦を組んでみたのだが、この勝負は新世代超人には分が悪い勝負だった。
 なにせ、メンバーを変えたりオーダーを変えたりしながら、既に三、四戦しているのだが、新世代超人サイドはいまだ伝説超人側の大将・初代キン肉マンをリングに上げることすら出来ていないのだ。
「――分かった」
 低く答えると、ケビンは首を固めるバッファローマンの腕に手をかけた。
 流石に、これ以上遊ぶ気はないらしい。先程までは外れもしなかった腕はあっさりとアームロックを解いた。
「今度は、もう少し粘れよ、ケビン」
 立ち上がり、歩き始めたケビンの後ろ姿に、バッファローマンが揶揄るように声をかける。
「うるせえ!!」
 それに対して返ってきたのは、当然といえば当然だが、ケビンの罵声だった。



「あーあ。すっかりへそ曲げさせちまったかな?」
 くつくつと、喉の奥で笑いを噛み殺しながら、面白そうに呟くバッファローマンに、ウォーズマンも苦笑気味に言葉をつむいだ。
「それは……仕方がないな。ケビンももう大人なんだから、あまり子供扱いすると怒るのは当然だ」
 新世代超人の中では、ケビンも年長の部類に入る。昔、仲間達と闘っていた頃のウォーズマンと同じくらいの年頃だ。
 もはや、子供とは呼べない年齢なのだ。いつまでも子供扱いしては逆に気の毒だろう。
 そう言外に主張すると、バッファローマンは口元に笑みを刻んで――しかし、目は真剣に――笑いを含んだ声音でこう言った。
「たまにはいいだろうよ。――今までの分を取り返す意味でな」
「……」
 その言葉に、ウォーズマンは返す言葉もなく、沈黙で応じるしかなかった。
 確かに、ケビンは子供の頃に『子供』として扱ってもらえなかった子供だったから。
 押し黙ってしまったウォーズマンの様相を、気付かぬ振りで、バッファローマンは立ち上がる。
「さてと。オレ達も行くか?」
 そして、今の言葉はなかったかのような、なんでもない笑みを浮かべて振り返り、仲間達のところへ戻るよう促す言葉を口にした。
 その言葉に、ウォーズマンも頷いて立ち上がる。
「……ああ」



 ――――イレギュラーの場で交わされた、そのやりとりは、誰も知ることはないものだった。






2004年皐月下旬

1000Hit自爆記念(失笑) なので、書いてる自分が嬉しいものを……(笑)
こっそり月読はウォーズマンの親友はバッファローマンだと思っています。
そこに遊ばれるケビンを入れてみたかっただけだったり……。
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