彼の訪れには、前触れというものがない。
 訪ねてくる時期も、これといった傾向もなく、唐突なのが常だった。
 何年も姿を見せないかと思えば、毎月のように現れる時もある。
 また、普段から連絡を取り合うこともない為、常の彼がどのように過ごしているのか、ウルフマンはほとんど知らない。
 ただ、時折、上質の日本酒を携え、ふらりとやって来ては、言葉少なく穏やかに酌み交わし、また去っていく。
 それが、ウルフマンの呑み仲間の訪問の仕方だった。

 それでも、ああ、そろそろ来るかもしれない、と感じる時もある。
 それは例えば、皓々と照るような月夜であったり。
 しん、と痛いほどに静まり返った積雪の夜陰であったり。
 虫の音が歌う夜長の晩であったり。
 夜桜の浮かぶ春宵であったり。
 茹だるような暑さがふと緩んだ夜更けであったり。
 日常の中の、ふとした一瞬に、なんとはなくそんな予兆を感じることがあった。
 そして、今日は、その予感が当たる日であったらしい。

「久しぶりだな」

 庭先にふらりと酒盃を携えて訪れた彼の姿に、ウルフマンが挨拶代わりにそういえば、彼は、かつて悪魔超人などと言われていたとは思えぬ穏やかな微笑を浮かべた。
 思えば、不思議な付き合いになったものだ。その笑みを見て、ウルフマンは、最初に彼と酒を酌み交わした日を思い出した。
 あれは、キン肉マンが自らの王位を勝ち取った日の晩のことだった。
 日本酒を酌み交わす相手を求めて彼に声をかけたのが始まりだった。
 それから少し後に、丁度今日のように酒を片手に彼が現れたのが、二度目。
 そうして、もう何年経ったことか。
 お互い、小皺も寄り始め、年をとったな、と思うようになってきた。

「――良き酒が手に入った。呑まぬか?」
「そりゃあ、いいや。何か、つまみでも……」
 彼の言葉に腰を上げようとすれば。
 そっと手を上げ、それを止められた。
「座ったままでよい。今宵の酒は、勇退した横綱への振る舞い酒よ」
 その言葉に、ウルフマンは、思わず、ああ、と呟いた。
 自分では、生涯現役だと思っているが、超人相撲の世界において、ウルフマンもそろそろ後進の育成に力を入れねばならない年代になっていた。そうして、選んだのが、第一線を退き、親方として若い世代を育てる道だった。
 常日頃は日本にいるのかどうかも分からぬ相手は、その報を知って訪ねてきたのだろうか。
 そうなのならば、それは嬉しい。

「あんた、そういうの、本当にさらりと出来るよなあ、ニンジャ」
 そう言って笑えば。
 彼は、穏やかに微笑んで、そうか、と呟いた。



『風訪』(12年1月初出)
04年の『静酒』09年『月盃』の流れでみたび。時間軸的には大分U世よりなかんじ。
 ドアを開けきるかどうかのタイミングで、白い閃光に目がくらむ。間髪いれずに起こった突然の破裂音と、色とりどりの何かに視界を遮られ、キン肉マンは、思わずその場に尻餅をついた。
「おわあー! な、なんじゃ、なんじゃ!?」
 頭にひっかかった、何か紙のような物体を払い避けながら、顔を上げる。
 そうすれば、そこには。

「Happy birthday,Kinnikuman!」

 親友を筆頭に、この一、二年の間に縁を結んだばかりの友人達がクラッカーを手に笑っていた。
 疑問符を大量に飛ばしながら座り込んだままのキン肉マンの背後から、今度はミートの小言が飛んでくる。
「みなさん、何をしてるんですか! クラッカーを人に向けて撃ったら危ないでしょう!」
 ミートの言葉に、つい、と頭に引っ掛かったままのそれを摘み取る。そうして、それが、派手な紙テープの束と紙吹雪であったと知れた。
「わたしは止めたのだぞ」
「なんだよ、ロビン、こういう時は連帯責任だぜ」
「目くじらを立てないでくれよ、ミートくん。これはサプライズの基本だろう」
「シャンパンシャワーって案もあったんだけどな」
「やめて下さい、水浸しになんてされたら困るじゃないですか! 後で誰が掃除をすると思ってるんですか!」
 ミートの小言にも、悪びれずにテリーマンやブロッケンJr.、ウルフマンらが笑っていた。
 それから、視界がチカチカすると思ったのは、テリーマンの後ろから、ナツコが座り込んだままのキン肉マンに向けてシャッターをきっていた所為だった。
 そんな彼らの後方では、ワインだかシャンパンだかの瓶を抱えたロビンマスクが溜息混じりに首を振っている。
 くくく、と肩を震わせて忍び笑いをしているのは、モンゴルマンだ。
 ロビンマスクの隣には、ケーキと思しき箱を両手で抱えたウォーズマンが、事の情勢を把握しきれていないのか、目を丸くして困惑していた。
「……一体、何なんじゃ?」
 何がなにやら分からぬままのキン肉マンが呆然と呟けば。
 その呟きに、全員の視線がキン肉マンに集まった。
「何って……」
「なんだ、また、本人が忘れてるのか」
「今日は四月一日だろう」

「誕生日、おめでとう、キン肉マン」

「去年の分も祝うと言っただろう?」
「お祝い事は、みんなでするのが一番やろ? そやから、他の人らも誘たんよ」
「今日は呑むぞ! ビールをケースで持ってきてあるからな!」
「主旨がすり替わっているぞ、ブロッケン。飲み会ではなく、誕生祝いだ」
「硬いこと言うなよ、ロビン。今日は無礼講でいこうぜ」
 口々にそう言い出した友人達に、目を丸くしたまま、キン肉マンは背後にいるミートを振り返る。そして、自分の鼻先を指差しながら「誕生日?」と、訊ねるように呟いた。
 そんな主人の様相に、わずかに苦笑の成分を混ぜた笑みを浮かべて、ミートは頷いた。
「そうですよ、王子。お誕生日おめでとうございます」

 そうして。
 状況に乗り遅れ気味の主賓は、そのまま喧騒に飲まれていったのだった。



『Happy birthday,'82ver.』(12年4月初出)
毎年恒例スグル誕の中で、珍しく時期を特定出来るものになりました。初めて皆で祝う誕生日、みたいな。
 うきうきと。
 そんな擬態語が視覚として捉えられそうな程に、身を揺らし、目前の同胞は、カチャカチャと目的を行動に起こしていた。
 ふんふ〜ん、と、やけに上手い鼻歌も、おまけについてくる程の楽しみように、こやつは、ただ単純に超人レスリングの観戦が好きなだけではなかろうか、という感想が脳裏をよぎった。
「いやあ、まさか、こんなところでお前に会えるとは思わなかったぜ」
 きゅりきゅり、すぽん。きゅっきゅっ。
 肩から、左の腕を外し、代わりに、外部録音用と思しきアッタッチメントマイクを装着する。決して短くはない付き合いだが、この男に、そういった仕様があるとは知らなかった。
「お前のおかげで、目立たず、ゆっくり録音作業に没頭出来るぜ、礼を言うぜ、ブラックホール」
 そう言って。
 ステカセキングは、マイクの先端を、リングの方向へと向け、脇腹にある録音ボタンを押した。

 キン肉星の、王位をかけたサバイバルマッチの、その会場で。
 一般の観客達から死角になる位置に陣取り、ニューフェイス――今まで公式戦に登場していない超人達なのだ、そう評しても問題はあるまい――のデータを収集しようとしていたステカセキングに、同様の目的で、四次元空間にわずかに開けた穴から試合会場を眺めていたブラックホールが声をかけたのは、ただの気まぐれであった。
 あるいは。
「ステカセよ」
「ん〜?」
「貴様、何時の間に超人墓場から出てきたのだ?」
 つい先日まで、死んでいた筈の同胞が、暢気に歩いている理由に、好奇心が湧いたからかもしれない。
「いつの間にって、なあ。オレは、機械超人だぜ?」
 マイクの位置を微調整しながら、ステカセキングは、わずかに首を傾げた。
「ボディが修理出来たら、蘇生なんて一発よ」
 ケケケ〜、と、一笑いすると、ステカセキングは、逆にブラックホールに問い返した。
「お前の方こそ、いつの間に生き返ったんだよ? 確か、ミキサー大帝とキン肉マンが戦ってた時には、お前も超人墓場にいなかったっけ?」
 素朴な疑問に。
 ブラックホールは、くくく、と喉を鳴らした。
「ステカセよ」
「あ〜。うん、お前は、訊いたって素直に答える奴じゃねえな」
 笑い声一つで、すべてを了解し、ステカセキングは、それ以上、つっこんで訊くことをやめた。
 おそらく、ブラックホールという男なら、四次元がどうのこうのという説明で、生死の境界すら乗り越えても可笑しくないと思ったのだろう。
 このあたりは、“ピラミッドパワー”の一言であらゆる疑問を跳ね除けるミスターカーメンと同類だと、ステカセキングは思っいる。
 肉体が修理されれば甦ることが出来る、スプリングマンや魔雲天のような器物超人の方が、生死に関してはよほど論理的だと、思っているのは、ステカセキングだけではあるまい。
 アトランティスあたりなら、超人墓場の鬼達を口先三寸で丸めて生き返ってきそうだ。
 そんなことを思いながら、ステカセキングは、超人大全集の専用カセットの録音作業に意識を戻した。



『姫路城の裏事情』(12年8月初出)
39巻記念。悪魔超人出てきて異常にテンション上がって書きました(笑)

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