――一度、こっちに来てみないか。

 何の話の流れでそう言ったか、は、生憎と覚えていない。
 ただ、訪ねるのはこちらばかりで、彼からこちらを訪れたことがなかったので、たまには観光がてらに来ないかと、誘ったのが最初だった。
 その時、彼は、その内に、と、小さく微笑んで、確たる約束を結びはしなかった。
 それから、時間が流れて。
 思い出したようにその話題を掘り返しては、いずれ、と先延ばしになり、を繰り返し――。

「――すごいな」
 感嘆の響きをにじませ、こぼれた呟きに、隣を歩く友人に視線を向けた。
「噂には聞いていたが、本当に建設中なんだな」
 そっと目を細め、先刻見た光景を振り返るウォーズマンに、バッファローマンはにやりと笑いながら言葉を返す。
「ああ。世界で唯一、見物料を取る工事現場だぜ?」
 おどけた風に自らの住まう国の観光名所を評して見せれば。
「工事現場はあんまりだろう」
 困ったような苦笑が返ってきた。

 ――きっかけと。呼べるほど明確な何かがあったわけではない。
 ただ、しばらくぶりに向けた誘いの言葉に、彼は、そうだな、と頷いた。
 たった、それだけのこと。

「そろそろ昼飯にするか。何が食いたい?」
 ふと、自らの体内時計の訴えに、昼食時であることを気付き、バッファローマンがそう問えば。
 ウォーズマンは小さく首を傾げ――それから、目を細めて微笑んだ。
「お前に任すよ。俺はスペインここのことはまるで分からないから」
 その答えに、口端上げて笑って。
「よし、じゃあ、一番オーソドックスなやつでいくか。こっちだぜ」
 くい、と親指で指し示し、歩く方向を変えたバッファローマンに、半歩遅れてウォーズマンも続く。
「メシを食ったら、次はどこにするか……。まだまだスペインは観るところがあるぜ?」
 歩きながら、楽しげに笑ってそう言えば。
「――何も、一遍に見て回らなくてもいいじゃないか。観られなかった所は、また今度、案内してくれないか?」
 微笑を宿した声音がそう応えたので。
 いっそう、楽しげに笑い声を上げた。

 ――こんなふうに。
 肩を並べて歩くこと。
 次の機会を語れるようになったこと。
 変わったことといえば、たったそれだけ。
 それは、小さいけれど、大きな変化。



『ちいさくておおきな』(08年1月初出)
サグラダ・ファミリアって、何時完成するんですかね(笑)
「兄さんは、指が長いんじゃな」

 戯れのように掌を重ね。
 気付いた、小さな違いに、弟は楽しげに笑みの宿った声を上げた。
 合わせた兄の掌と弟の掌は、さほど大きさの違いはなかったけれど。
 その指先は、弟のそれより、兄のそれがはみ出していた。

「――スグルの手は、温かいな」

 掌同士を重ねたまま、兄もまた、気付いた小さな違いを呟きこぼす。
 アタルの手は、どちらかといえば冷たい。
 だが、スグルのそれは、日向のような笑顔と同じで温かだった。

「そうかのう?」
 自身の体温は、己では分からぬのだろう。
 首を傾げる弟に、アタルはわずかに目を細めて微笑した。
 確かに、兄さんの手はちょっと冷たいのう、などと呟きながら、スグルは視線をわずかに合わせた兄の手に向ける。

「おお、そう言えば」

 不意に。
 何かを思い出したように目を瞬いて。
 そして、満面に笑みを浮かべてスグルはこう言った。

「手が冷たい人は心があったかいとよく言うが、ホントじゃな」

 掌を合わせたまま、兄の手に指を絡めて。
 更に、その上からもう一方の手を重ねて。
 兄さんは、優しくてあったかい人じゃからのう、と、笑って付け加える。
 その、包む手の温もりそのものの、温かな笑顔に。
 アタルは目を細めて――小さく微笑むのだった。



『そのぬくもりそのままの』(08年1月初出)
相変わらず、うちの肉兄弟は仲良しこよしです。
 おめでとう。

 その、祝う言葉に、幾つもの意味を込めて、彼に捧げる。
 誕生日、おめでとう。
 生まれてきたことに対して、おめでとう。

 それから。

 生まれてきてくれて。
 また、一年、無事に生きてきてくれて。
 出会って。
 巡り会って。
 そして、今年の今日この日も、また共にいてくれて。

 ありがとう。

 最愛の親友に。
 そして、彼が生まれたこの日に。
 祝う言葉と。
 感謝の言葉を。



『言祝ぎ』(08年4月初出)
スグルくん誕生日ネタは、毎年恒例行事。
 にこにこと。楽しそうに笑いながら、卓上に肘をつくナツコの視線を感じながら、キン肉マンは、う〜ん、と唸っていた。
 その手には、鉛筆と九つに分割されたマス目の描かれた紙片が一枚。
 時折、ナツコの隣に座るテリーマンが興味津々の様相で、ちらりちらりと視線を向け――その視線は、ナツコが持つファイルに阻まれていた。

 心理テストやってみいひん? キンちゃん。

 悪戯っぽく笑いながら、誌面にマス目を素早く書き込んで、それをナツコはキン肉マンに手渡した。
 真ん中に自分の名を書き、周辺のマス目を他の人の名前で埋めていくよう、言われ、キン肉マンは、言われたとおりに、まず自分の名を書き入れた。
 そして、一人分の名を書き込み……そこで、はたと筆が止まった。
 それから、頭を捻りながら唸り続けているわけだ。

「……ナッちゃん」
「ん? なんや?」
「一マスに一人しか名前を書いてはいかんのか?」
「? どういう意味や?」
「いや、のう……」
 例えばの、と続け、キン肉マンはナツコを手招きする。
 それに促され、卓上に身を乗り出すようにナツコは、キン肉マンの手元の誌面を覗き込んだ。――抜かりなく、テリーマンの視界を遮りながら。(キン肉マンより先に同じ心理テストを受けていたテリーマンが、自分の名がどこに記されるのかをずっと気にしているからだ。)
「ここにテリーを入れたら、ここにはジェロニモが入るじゃろう?」
 カリカリと、書き入れながらのキン肉マンの言葉に、ナツコはふんふん、と頷く。
「そうなるとこっちにはジェシー・メイビアを入れるじゃろ、そうしたら、こっちはウルフマンじゃな」
 ウルフマンをここに入れたら、ここにブロッケンが入って、なら、ここにはラーメンマンじゃろ。
 そうきたら、ここにウォーズマンを入れねばならんし、なら、こっちはロビンじゃな。それに、ウォーズマンがここなら、バッファローマンはここじゃ。
 バッファローマンがここにくると、ここにアシュラマンやニンジャがきて、そうなると、アタル兄さんが四人の真ん中にこないと可笑しいじゃろ。
 ……と。
 延々と続く連想は、さながらループのよう。
 とてもでないが、八マスでは書き込みきれない。
 だが。

「キンちゃん、さっきの説明聞いてた?」
 自分を中心に、周囲に誰を配置するか、という心理テストであって、人間関係の連想ゲームではないのだと。
 思わずツッコむナツコの声も届いているのかどうか。
 相変わらずキン肉マンは頭を抱えて呻いていた。



『心理テスト』(08年4月初出)
既に心理テストにあらず(失笑)

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