「? キン肉マン?」 不意に。 左肩にかかった重みに、傍らに座る親友へ呼びかけながら視線を向けてみると。 顎先には、鼾交じりの寝息を漏らしながら、テリーマンの肩に頭をもたれかけさせて、瞼を閉ざしたキン肉マンの頭頂部があった。 「おいおい、言い出しっぺが真っ先に寝るなよ」 テリーマンの声に、反対側の隣に座っていたウルフマンが呆れ混じりに苦笑をこぼす。 『初日の出を見に行かんか?』 年の瀬も迫ったその日、どこか楽しげにそう切り出したのはキン肉マンで。 そうして誘われるまま、今、彼らは山腹にある展望の良い駐車場のベンチに並んで腰掛け、東の空が白むのを待っているのだった。 小さく笑うウルフマンの隣では、「俺も眠い」などと呟きながら、ブロッケンJr.が、はふ、と大きく欠伸をもらしていた。 「こんなところで眠るなよ、ブロッケン。如何に超人とはいえ、風邪を引くぞ」 その様相に、小さく笑みをこぼしつつ、ラーメンマンはポッドから注いだ湯気の立つ茶を、隣に座るブロッケンJr.に手渡す。 そんなやり取りが交わされている反対側の並びでは、ウォーズマンが腰を上げ、自らが着ていたジャケットをキン肉マンに着せ掛けているところだった。 「おいおい、ウォーズマン。それじゃお前のほうこそ風邪を引くだろう?」 長年の友人の行動に、左肩を親友に占拠され動けないテリーマンが目を丸くして言うと、その右隣に座るジェロニモも「そうズラ」と大きく頷いた。 だが、友人二人の主張に、ウォーズマンは目を細めて小さくかぶりを振った。 「大丈夫だ。俺はこれくらいの寒さは慣れてるから……」 そう言いながら、元々座っていたジェロニモの隣の位置に腰を下ろそうとした、その時。 ばさり、と、背後からウォーズマンの頭に柔らかな布地が被せられた。 「馬鹿者。見ているほうが寒々しいぞ」 続けて上がったのは、どこか怒ったような口調の聞きなれた低音。 頭から被せられた布地をごそごそかき分けて、視界を確保し、左手を振り返れば、腕組をして東の空へとまっすぐに顔を向けて座っている師の姿。 「……ありがとう、ロビン」 貸し与えられたマフラーの位置を直しつつ、目を細めてウォーズマンが礼を述べても、そっぽを向いたままのロビンマスクの姿に。 「――素直じゃないな」 と、テリーマンが呟くと。 「何か言ったか?」 仮面の下からギロリ、と睨み付けられた。 そんな二人のやり取りに。 大小さまざまな笑い声が、夜更けの駐車場に響いたのだった。 『暁待ちて』(07年1月初出) |
「おーい、土産があるんだけどよー、喰うか?」 ぽてぽてと、歩み寄ってくるステカセキングに、声をかけられた同胞達は内心身構えた。 反射的に、思い出したくもない、何時ぞやの悪臭騒ぎを思い出したからだ。 ――数日間、例の缶詰を開けた部屋からあの臭いは取れなかったこととか。 階級が低い悪魔超人達は消臭対策に奮闘する羽目になったこととか。 その臭いが残り続けたその数日間、地獄の六騎士をサタンの宮殿で見かけることはなかったこととか。 流石にキレた悪魔将軍に、騒動の原因となったステカセキングが地獄のメリーゴーランドを受けたこととか。 たったひとつの缶詰が引き起こした様々な出来事が脳裏をよぎる。 とはいえ、仕置きをされた際、今後一切、強烈な臭気を発する物体を宮殿内に持ち込まぬことを厳命されていたから、同じことは繰り返すまい。 いや、繰り返さないでくれ。 だが、仕置きを受けてなお、「……666巻、追加録音成功……」と呟いて意識を失ったステカセキングだ。繰り返さないとは言い切れない。 しかし、繰り返されると迷惑するのは己らだ。 頼む、繰り返すな。 同胞達のやけに緊迫した視線に気付いているのかいないのか。 ミラクルランドセルに収納するカセットを更に充実させる為、超人レスリングの試合会場を巡って帰ってきたばかりのステカセキングは、手に持つビニール袋をガサゴソとまさぐっていた。 「本当は、ドリアンでも持って帰りたかったんだけどよー」 「――ステカセ。まさか、本当に持って帰ってきたのではないだろうな?」 たらり、と冷や汗を流しつつ、ブラックホールが低い声音で訊き返した。 是、と答えようものなら、影分身でリンチ決定だと、心中決意を固める。 「勘弁してくれよ、ステカセ! 確か、臭いって有名なやつだろう、ドリアンってのは!」 ブラックホールの呟きに、アトランティスも焦ったように問い返す。 「いーや? 将軍様に臭いが強いやつは持ち込むなって言われちまったしなー。だから、普通にドラゴンフルーツにしといた」 「そ……そうか」 暢気なステカセキングの返答に、一同、内心胸を撫で下ろした。 しかし。 「ドリアンも試してみたいけどなー。韓国のエイの漬物だか干物だか、それも食ってみたいんだよなー」 のほほんと告げられた言葉に、六人の脳裏に嫌な予感がよぎる。 「……ステカセよ。後学の為に聞くが、それは一体どんなものだ?」 一同の心中を代表するかのように、ブラックホールが発した問いかけに。 袋の中から取り出した果実を卓上に並べながら、ステカセキングは朗らかにこう答えた。 「美味いらしいぜ? 臭いはアンモニア臭らしいけど」 「絶対、持ち帰ってくるな」 和やかな語調での返答に、力強くその意を否定する合唱が返されたのは――無理もないことだった。 『悪魔の嗜好3』(07年1月初出) |
ふう、と。 一つ吐息をついて。 「やっぱり、茶が甘いというのは変な感じがするのう」 軽く目頭をしかめて、そう呟いたキン肉マンに、テリーマンは小さく笑って言葉を返した。 「仕方がないさ。ラーメンマンに聞いたんだが、“甜”という字には“甘い”という意味があるんだそうだ。だから、“甜茶”というのは甘味のある茶の総称なんだそうだ」 「甜茶やったら、何でもええわけでもないらしいよ。そん中でも、バラ科のお茶やなかったら効かへんのやって」 そのテリーマンの言葉を受けて、頷きながらナツコも言葉を続ける。 親友と女友達と。 二人からの情報に、キン肉マンはもう一度溜息にも似た吐息をこぼした。 「めんどくさいのう」 「面倒でも放ってはおけないんですからね、王子」 ふにゃり、とテーブルに上体を寄りかからせるキン肉マンに、ミートの諌めの言葉が投げかけられる。 「今年は飛散量が少ないってニュースでは言っていますが、油断は大敵ですよ」 「花粉症は一度発症すると治らないそうだからな」 「まあ、去年よりはマシやと思うけどねえ」 それぞれ微妙に異なる立ち位置で一番親しい三人に、畳み掛けるようにそう言われ、キン肉マンはぺしゃんとテーブルに顔をうずめた。 例年にない飛散量と言われた昨年。 その時、見事に花粉症を発症したキン肉マンだった。 その為、先程から、ここ、キン肉ハウスでは、昨年の教訓を踏まえ、今年の花粉対策が練られていたのだった。 テーブルの上には、甜茶のティーバックやら、花粉の付着を防止するスプレーやら、眼球や鼻腔の洗浄剤やらが広げられていた。 「そういえば、錠剤タイプの甜茶エキスとかもあるんやて。使うてみる? キンちゃん?」 「……そういうのは、喉につっかえて飲みにくいから苦手じゃあ」 ナツコの案に、顔中をしかめて情けなく呟くキン肉マンの姿に、ミートも嘆息をこぼして呟いた。 「一番肝心なのは、外出時にマスクを着けることなんですけどねえ……」 「引っ掛ける場所がないんだよな」 つるん、と丸い、覆面 花粉症を発症してしまったキン肉マンにとって、耳まで隠すキン肉族の覆面 「なんか、こう、留めるもんを考えなあかんねえ」 「ここに上手く引っ掛けられるといいんだが……」 恋人同士二人して、友人の後頭部を眺めながら思案を交わす。 その声を聞きながら。 「……杉も檜も大嫌いじゃあ……」 テーブルに突っ伏したまま、愚痴るキン肉マンだった。 『花の季節にご用心』(07年2月初出) |
風が吹くたび、舞い散る花弁は。 いつか見た、雪片にも似て――。 「にーさーん」 視界を埋め尽くさんばかりに舞い踊る花弁の中で佇んでいたアタルの背に、弾んだ声音が近づいてくる。 その呼びかけに振り返ろうとすると、振り返りきらぬ内に、アタルの背中に軽い衝撃がかかった。 わずかに目を見開き、肩越しに背へと視線を向ければ、嬉しそうに目を細めて笑う弟の顔が視界に映る。 「よかったのう、兄さん。ちょうど満開の時で」 にこにこと笑いながら抱きついた兄の背から離れ、スグルは頭上を振り仰いだ。 満面の笑顔で見上げる先には、一面の桜。 天を覆いつくさんばかりに広がる枝には、淡い薄紅色の小さな花々がこぼれんばかりに咲き乱れていた。 今を盛りに咲き誇る満開の桜は、しかし、ほんの数十時間先には散り初めの時期を迎えるだろう。 あとは散り去るばかりの、けれど咲き遅れた花など一輪も残ってはいない、すべての花が咲き匂う、まさに絶頂の花盛りだった。 「やっぱり、花見をせんと春が来たー、という気がせんのう」 微笑みながら、しみじみと呟くスグルの言葉に、アタルはそっと目を細めた。 “春は花見”という感覚は、四季の区切りがある日本で育ったスグルやウルフマン、ニンジャのような“日本人”特有の感性のようだ。 確かに見事な景観だとは思うが、この花を“春”とつなぎ合わせる感覚を生憎アタルは持ち合わせてはいない。 ――むしろ。 「……花びらが、雪のようだな」 白にも似た薄紅の花弁が散る様は、純白の雪片が降る様子にも似て。 その類似は、アタルの脳裏に回顧を呼び起こさせる。 ――遠い過去、自己の責任からの逃避が引き起こした、あの破綻の日を……。 けれど――。 「……兄さんは」 兄の呟きに、大きな目を丸くして、数瞬口を閉ざしていた弟は、何故か楽しげに笑みをにじませながら首を傾げた。 「雪の多い所におったのか?」 「……? いいや、そんなことはないが?」 唐突な弟の言葉に、今度はアタルの方が目を丸くして訊き返せば、スグルは歯を出して笑いながら、その連想の根拠を告げた。 「ウォーズマンと同じことを言うからじゃ」 初めて桜を見た時の、北国出身の友人と同じ発想をするから。 だから、彼と同じように雪に馴染んで生活していたのかと思ったと。 屈託なく笑いながら、弟はそう言った。 あの日。 あの時、自己が負うべきものすべてを押し付けた、まだ、この世に生まれてもいなかった弟は。 “捨てて”“逃げた”兄に、今、まるで当然のように温かな笑顔を与えてくれている。 ――それが。 「おわ!? なんじゃ、兄さん?!」 突然に抱きしめられ、スグルは驚きの声を上げた。 困惑も手伝って、じたばたと身じろぐ弟をしかと抱きしめる。 ――叶うなら。 側にいることは出来ない。 けれど。 この弟の平穏を――この笑顔を陰ながら護ってやりたい。 ――せめてもの罪滅ぼしに。 そんな想いを込めて。 弟を抱きしめる腕に、ぐっと力を込めた――。 『花吹雪』(07年4月初出) |
たとえば。 もし、彼が、彼自身の父親に、誤って捨てられなければ。 いや、その原因となった豚がそもそもそこにいなければ。 彼は、彼自身が本来いるべき場所で、何の苦労も知ることなく、すべての者からかしずかれ、彼の生まれに相応しく、大切にされて育ち暮らしていたのだろうか。 そうであれば。 彼は、誰からも軽んじられることもなく。 誰に蔑まれることもなく。 ただ、慈しみと敬いだけを与えられ、生きてこれたのであろうか。 その方が、彼自身にとっては、幸福であったのだろうか? ――けれど。 そうだとすれば、オレは奴には会えなかったのだろうな。 わたしは、彼を知ることもなかっただろう。 彼がいなければ、私は今も変わらず、血臭いの中にいたことだろう。 そして、なにより。 きっと、俺は、一人のままだっただろうな。 他の誰とも出会うことはなかっただろうぜ。 出会っていたとしても、今のようにはなれなかっただろうよ。 彼が地球で育ち、日本で暮らしていなければ、自分達は彼を知ることも出会うこともなく――今の友人達も、きっと得ることは出来なかっただろう。 その想像は、あまりに寂しい。 彼との出会いは、彼自身の不幸な生い立ちの上に成り立っていると理解していてなお。 ああ、それが“たとえば”で、仮定の話で良かったと。 そんな風に考えてしまうのは、エゴだろうか。 それでも。 「わたしは、みんながいてくれてよかったと思うぞ?」 そんな風に優しく嬉しいことを言ってくれるから。 だから。 彼と出会えたことを。 彼が“彼”であったことを。 彼が生まれたこの日に、その偶然を産んだ、なにものかに感謝しよう。 『たとえばのはなし』(07年4月初出) |
「ガキが生まれたんだってよ」 サタンの宮殿の一角で。 同輩の一人に不意に呼び止められ、足を止めてみたところ、そんな一言を告げられた。 「誰のだ?」 主語の抜けた報告に、とりあえず聞き返すと、目前の同輩は大きな口をにやりと歪め簡潔に答えた。 「オレの種に決まってるじゃねえか。でなけりゃ、ガキが生まれたことも知りようがねえだろう?」 スニゲーターの言い分に、ジャンクマンも、確かにそうだ、と頷いた。 超人は、繁殖力が高いとは言い難く、かつ、男女比に偏りもみられる。 ゆえに、この魔界において“妻”という形式で女を占有すること、あるいは、己の子を為すことは、限られたものにのみ許された特権だった。 一般的に――王族などの場合を除けば――、魔界において女は女だけでコミュニティを形成し、繁殖の際のみ男と接触する。そして、その繁殖の相手となる資格は、ある一定の戦歴を持つ上位のものにだけ与えられる不文律が存在する。 他にも、種族的に受胎可能な相手のみ受け入れるだの、近親姦を防止する為、父子関係が分かるよう一定期間に一人しか受け入れないだの、色々と決まりごとが多いらしい。 簡単に言ってしまえば、希少な女、その数少ない妊娠出産の機会を、残す価値もない子種や、繁殖の可能性の低い相手に浪費させるわけにはいかないからだ。 そして、六騎士はその有資格者だ。 にやにやと笑うスニゲーターの様相に、ジャンクマンは内心小首を傾げながら、問いを重ねてみた。 「お前、ガキが欲しかったのか?」 子孫を欲しがる性質だとは思わなかったので、思いのほか嬉しそうなスニゲーターの姿は予想外のものだった。 意外の念を込めてそう問えば、スニゲーターは大仰に片目を見開いて言い返してきた。 「おいおい。プラネットマンじゃあるまいし、本能に真っ向から歯向かうようなことを言うなよ」 そう言って大袈裟な仕草で肩をすくめて、嘆息をもらす。 「オレは欲しいぜ。自分の子孫ってヤツは、な」 口端を歪めて微笑いながら、そう語るスニゲーターの弁に。 そういうものかと、漠然と思うジャンクマンだった。 ――その、“次代を求める意欲の低さ”も、超人の繁殖力を低める要因の一つであったりする。 『生存本能≒繁殖本能』(07年5月初出) |
はあ。 大きく溜息をついて。 キン肉マンは、プールサイドにしゃがみこみ、コンクリートの上に指先で大きく“の”の字を何度も書く。 そんな親友の後ろ姿を見下ろしながら、テリーマンは苦笑交じりに笑いながら声をかけた。 今は二人とも、トランクスタイプの水着を着用しているのだが、水着姿の方が普段より着衣面積が広く感じる。超人レスラーならではの不思議だ。 「おいおい、キン肉マン。往生際が悪いぞ。折角こんなにいい天気なんだから、楽しもうぜ」 「そうですよ、王子。この際ですし、もう少し泳げるように努力するとか、前向きに考えてみてはどうです?」 テリーマンの言葉に、ミートも同意を示して頷く。 そんな二人の言い分に、どんよりとした空気を纏いながらキン肉マンは肩越しに振り返り……二人にジト目を送りながら拗ねたように呟いた。 「…………泳げもせんのにプールに来たって何が楽しいんじゃ……」 「一応、泳げてるじゃないか」 「キン肉泳法 テリーマンの指摘にキン肉マンがわめいて反論したところに。 「テリー! キンちゃん、ミートくん、待ったぁ?」 「お待たせしてしまいました、スグルさま?」 小走りで近付く、女性二人の声に、三人は振り返った。 そして。 テリーマンが一瞬、ぎょっとしたように目を見開いて、さっと目元を赤らめた。 「ナ……ナツコ!?」 「なに? どないしたん、テリー?」 恋人の反応に、首を傾げ……それから、ナツコは自分のいでたちに目をむけて、もう一度テリーマンへ視線を向き直し問いかける。 「似合わへん?」 「似合う似合わないじゃなくて……! 少し、その……」 露出が激しくないか、と。 大胆なビキニスタイルの恋人に、実は純情なアメリカ人は口篭りながらもそう訴えようとした。 その横では、ビビンバが熱心に想い人に自らの水着姿の感想を訊いていた。 「スグルさま、どうですか? 似合いませんか?」 訊ねられ、キン肉マンは顔を上げてビビンバの姿を上から下まで一瞥し――思ったことを素直に口にした。 「ん? そうじゃの、可愛いと思うぞ」 シンプルな褒め言葉に、ビビンバは目を輝かせて頬を紅潮させ……。 「! 嬉しい!」 勢いよく、愛する人に抱きついた。 「おわあ!!」 ざぷん! 流石の宇宙超人ヘビー級チャンピオンも、突然のタックルまがいの抱擁には身構えきれず、そのまま、二人揃って大きな水しぶきを上げて、プールへと落ちていった。 「も〜。駄目じゃないですか、ビビンバさん。危ないですよ」 水しぶきで濡れたメガネをタオルで拭きながら、注意口調でミートがぼやく。 眼下の水中では、足がつくことにも気付かず足掻くキン肉マンに、ビビンバが羽交い絞めまがいの抱擁で迫っており。 横では、ナツコの水着姿に顔を赤らめてテリーマンがしどろもどろになっており。 「ボク、お邪魔虫ですよねー」 その双方に視線を向けて。 思わず溜息混じりに呟かずにはいられないミートだった。 『ダブルデート』(07年7月初出) |
ミラクルランドセルに収納するカセットの更なる充実の為に、超人レスリングの試合会場巡りを習慣とするステカセキングがいつもの観戦行脚から手土産片手に戻ってきた。 今回の土産はウォーターメロン――西瓜だった。珍しいもの好き、限定好きのステカセにしては平凡なチョイスだ。 だが、その奇をてらわない選択は、思いのほか同胞の気に召したようだった。 「旨いじゃねえか、コレ」 がつがつと西瓜に齧り付きながら、アトランティスはご満悦の口ぶりで土産の味加減に高評価を下す。 「ちょっとばかり、種が鬱陶しいがな」 「そうか?」 ぷっ、と種を口から飛ばしてバッファローマンがそう言うと、皮ごとバリバリと噛み砕いている魔雲天が首を傾げた。 「確かに、ちまちまと鬱陶しいな」 ぺろり、と口の周りの汁を舐め取って、アトランティスの方はバッファローマンの評に同意を示した。 そして……。 何かを思いついたように、にやり、と笑い――ふ、と口をすぼめた。 次の瞬間。 ウォーターマグナムの要領で、アトランティスの口から吐き出された西瓜の種が、見事にブラックホールの顔の穴を通過して飛んでいった。 「…………」 しばしの沈黙の後。 「アトランティスよ」 ゆっくりとブラックホールは言葉を紡ぎ。 「うぎゃあ!?」 続いて、アトランティスの雑巾を絞ったような苦しげな声が上がった。 酸素を求めて空しく口を開閉させるアトランティスが、片手で掻き毟る自らの首元には、立体の厚みを持たぬ黒い蛇が這っていた。 ぎりぎりと、影分身の蛇でアトランティスの首を絞めながら、ブラックホールは低い声音でこう告げた。 「わたしの顔を的に使うな、と、以前にも言ってはいなかったか?」 「ぐええ……!」 静かなブラックホールの抗議に、アトランティスの苦悶の悲鳴が重なる。 そんな騒動などそ知らぬ顔で。 例のストローを西瓜にぶっ刺し、ミスターカーメンは、西瓜の水分をすすり飲んでいたのだった。 『悪魔の嗜好4』(07年7月初出) |
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