「……わたしは、もうダメじゃあ……、テリー、ミート……、パパとママによろしく言っておいてくれい……」 「なにを大袈裟なことを言ってるんですか、王子!」 さくさくと、雪を踏む音を背景に。 震える声音で呟くキン肉マンの語尾にかぶせるように、ミートの叱責がとんだ。 「ほら、キン肉マン」 苦笑しながら、テリーマンが、雪の上に倒れこんだキン肉マンに手を差し出した。 「情けないぞ、キン肉マン」 「あと少しだから、頑張れよ」 声音にわずかに笑いをにじませ、ブロッケンJr.とウルフマンが声をかける。 「行きたいと言ったのは、お前だろう、キン肉マン」 呆れ声のロビンマスクに、テリーマンの手に縋り付きながらキン肉マンはジト目で言い返した。 「山道をこんなに歩く羽目になるとは思っておらなんだわい」 「大丈夫だ、キン肉マン。そんなに積もっていないから」 「ソ連じゃとそうかもしれんが、わたしは東京の雪しか知らんのじゃー!」 ウォーズマンのフォローに、思わず半泣きで叫ぶキン肉マンの手を引きながら、テリーマンが苦笑をこぼした。 「仕方ねえなぁ、ほら」 同じく苦笑しながら、ウルフマンがキン肉マンの空いたもう一方の手を引く。 「ここで寝転がってたって凍死するのがオチだぜ。早く宿に行こうぜ」 温泉って初めてだから楽しみだな、と笑うブロッケンJr.に、ウルフマンが「内風呂付きの部屋を取ったから、刺青入れててもはいれるぜ」と、笑って応じた。 「確かに、温泉に行きたいの〜、とは言ったがのう……」 友人達の手にすがるようにしてよたよたと歩き出しながら。 半ベソ状態でキン肉マンは愚痴をもらした。 「なんだって、こんな山奥なんじゃあ」 車も入れない山道を歩くこと、既に二時間。 しかも、雪道のおまけつきで、すっかりへばってしまったキン肉マンの愚痴に、友人達は苦笑をこぼしながら、宥めすかして彼を歩かせようとする。 「露天風呂が絶景なんだってよ」 「しかも、メシも旨いそうだぜ」 「山奥の秘湯ってフレーズが、なんだかわくわくするよな」 愚図愚図言いながらも、なんとか歩くキン肉マンを中心に、彼らが秘湯の宿に辿り着いたのは、それから更に一時間後のことだった――。 『アイドル超人と行く秘湯の旅(笑)』(15年1月初出) |
「みんな、桜が好きなんじゃのう」 にこにこと。 満面を笑みほころばせて、不意に口を開いたキン肉マンに、仲間達は揃って疑問符を浮かべてその顔を見かえした。 「急になんだ、キン肉マン?」 「まあ、きれいだとは思うし、嫌いじゃあないが……」 「そんな話をしたことがあったか?」 「――いや、覚えていないな」 欧米組の友人達が揃って首を傾げるのを見て、キン肉マンが意外そうに目を丸くする。 「オラ、キレイだし好きズラ、先輩!」 「うむ。わたしも日本の桜は美しいと思う」 友人達の返答が予想外だったのか、軽い困惑をにじませて目を瞬かせるキン肉マンの顔を見上げながら、ミートも首を傾げた。 その反対側から、ウルフマンがキン肉マンの肩に手を重ね、総意を代表して訊ねてみた。 「なんで、好きだって思ったんだ?」 同国の友人を振り返り、キン肉マンは納得いかなげに眉間を寄せて口を開く。 「何故もなにも、みんな、花見の季節に日本に来るではないか」 じゃから、桜が好きなんじゃろうと思ったんじゃ。 そう呟くキン肉マンの発言に、一瞬全員が静止した。 それから。 同時に息を吹き返して、抜群のチームワークで全員でツッコんだ。 「「「この時期に全員が集まるのは、お前の誕生日だからだろう!?」」」 「昨日、お前の誕生日パーティーしたの、忘れてないよな!?」 「花見をするのは、お前が桜が満開だと誘うからだ」 「まあ、確かに毎年、誕生祝いと花見が抱き合わせになっている様相は否めんが……」 「先輩の誕生祝いがメインズラよ!?」 「おいおい、主賓がメインとサブを取り違えるなよ」 「いくら気に入っても、毎年花見だけの為に日本に来ねえよ」 「――そうだな、ブロッケンの言うとおりだ」 「王子……」 総員でのツッコみに、目を丸くするキン肉マンの頭上では。桜の花弁が足元の賑やかさなど素知らぬ体で咲き誇っていた――。 『桜咲く』(15年4月初出) |
ずるずると。 重く引きずる音に、何気なく見やれば。 「よお、スニゲーター」 「おう、ジャンクマンじゃねえか」 「どうしたんだ、ソレは?」 「? ああ、コレか」 声をかけた同輩の両手には、それぞれ足が一本ずつ握られており。 その足の先には、ピクリともしない胴体――だけではなく、ちゃんと五体揃ってはいたが――が、うつぶせに二体、地に伏せていた。 特徴的な、四角い胴体に細い四肢のそれと、螺旋で形成された肢体とは、それぞれの顔を見るまでもなく、その正体が知れた。 「少ししごいてやっただけでこの様よ」 情けない奴らだ、と、スニゲーターは器用に肩をすくめて嘆息する。 「死んでるんじゃねえか?」 「一応、生きてる筈だぜ?」 短く応答を交わす二人の悪魔騎士の語調は暢気としか評せぬもので。死屍累々、といった風情のステカセキングとスプリングマンの様相とはそぐわないことこの上ない。 「まったく、情けねえ奴らだ」 チッと舌打ちして、スニゲーターは視線を転じ、意識のない二人を見下ろした。 「ウェイトだけはあるくせに、棒切れみてえに細え体しやがって。碌にメシを食わねえからだぜ」 「いや、こいつらは、食っても身にはつかねえだろ」 スニゲーターの言い分に、思わず苦笑しながらジャンクマンが言い返せば「食うのもトレーニングの一環だろうが」と、鬼教官は言い返した。 そうして、「じゃあな」と一言告げると、スニゲーターは、二人の足を掴んで引きずりながら、歩みを再開させた。 その先に、何があるかを知るジャンクマンは、にやり、と口端を上げて笑うと、その背に一言声をかける。 「死なせねえようにな。折角気に入ってるんだろう?」 目的地に着き次第、おそらく水でもかけられて強制的に気絶から復活させられた後、吐くことも許されず食糧の摂取に勤しむ羽目になるであろう、ステカセキングとスプリングマンの頭頂部を眺めながら、ジャンクマンは、喉を鳴らして笑った。 『ある日の鬼教官』(16年1月初出) |
「ん、ええ表情」 現像が仕上がったばかりの写真を手に、ナツコは満面を笑ませて呟いた。 手にした、小さな枠の内に閉じ込められているのは、数人の超人達の姿。現像室中に吊るされた他の写真たちも、情景の違いこそあれ、みな同じ人々が写し出されていた。 それは、先日のキン肉マンの誕生日を祝う席の一幕を写したものだった。 紙テープと紙吹雪がまだ絡まったままのキン肉マンの、状況についていけずにいるポカンとした様相。あるいは、互いに悪戯っぽく笑いあうテリーマンとウルフマンの姿。そんな彼らの騒ぎように多少呆れた様子のロビンマスクと苦笑するモンゴルマン、そして、それらに対して困ったように首を傾げるウォーズマン達の光景。そんな大人達に、てきぱきと対応しながらもどこか楽しげなミートの様子。 どれも、微笑ましくも楽しげな一日の情景を切り取った絵姿だった。 「やっぱり、キンちゃんはこういう時が一番ええ笑顔 目を細めて笑いながらそう呟くナツコの指先がつまむ一枚には、仲間達に囲まれもみくちゃにされながら、破顔する男友達が写っていた。 その、満面の笑顔の、輝くようなことといったら。 見ているだけで、幸せだ、嬉しい、といった感情が伝わってくる。 「アルバムにしてあげたら、絶対喜ぶなぁ」 ふふふ、と、その様相を想像しただけでこみ上げる笑いを隠さずこぼしながら、ナツコはその一枚から手を離した。 寂しがりな男友達を甘やかしてやりたいのは、彼の仲間達だけではないのだから。 『しあわせ、とじこめて』(16年4月初出) |
王たる心得とは何か、と。 その玉座を勝ち取ったばかりの男は、傷だらけの顔を情けなく歪めて、聞き逃しそうな程に小さく呟いた。 男の来歴は、彼も無論知っていた。 だが、と。彼は、低く笑わずにはいられなかった。 「カカカ、悪魔に王道を問うか」 そう言えば。 男はいっそう顔を目尻を下げながら、力なく反論した。 「そんなふうに言わんでくれぃ」 うう、と泣きそうな声音を漏らす姿を横目に眺めながら、彼は男の言葉の続きを待つこととした。 もとより、彼に何かを訊きたげに男が視線を幾度か傾けていたことには気付いていた。それゆえに、彼はさり気無く己の周囲に人気がないようにし、男が尋ねやすいよう仕組んだ。 そうして、いざなわれた男は、何度か言いよどみながら、その言葉を漏らしたのだった。 曰く、王として最も必要な心構えとは何か、と。 「問う相手を間違えてはいないか? それとも、わたしが悪魔であることを忘れたか?」 くつくつと、喉で笑いながらそう揶揄れば、男はますます傷と打撲にまみれた顔に情けない表情を浮かべた。 「他に誰に訊けというんじゃ」 そう言い返され、彼は軽く目を見開いて、男を見返した。 「帝王学を学んだと、何時じゃったか言っておったではないか。――わたしは、そういったことを教えられておらんから……」 力なく、語尾が消える。 「ソルジャーがいるだろう」 「――兄さんは、兄さんに倣う必要はない、わたしはわたしらしくあれば良い、としか言うてくれんかった」 帝王学を学んだ存在ならば最も身近にいるだろう、と言えば、男はそう呟いて、困り果てたように溜息をついた。 どのような王になりたいか。 どのような治世を望むのか。 そういった理想は、理念はあれど、それを叶える為の具体的な方策を実現させる術を知らぬ。 けれど、周囲の友や仲間達には“王”となるべく育てられた者はいない、と。 二人きりで語り合ったことのない彼を選んだ理由を語る男を眺めながら、ほんの少し、考えを巡らせた。 彼は、男の兄に率いられるを良しとし、力を貸した。そして、男の兄は、己が弟を玉座につけることを望んでいた。ならば、この問いに答えることも、男の兄への助力の一環であろう。 そう結論付け、彼は口を開いた。 「――悪魔の王道を問うたのは貴様だ、後悔してもわたしは与り知らぬぞ」 そう前置きすれば、男は顔を上げ、彼に真っ直ぐ視線を向けた。 その目に浮かぶ期待に、彼は苦笑をこぼしながら、言葉をつなげた。 「――王たる者は、“全て”を駒と思え」 笑みながらそう言えば。男はこれ以上ないほどに瞠目して、喘ぐように聞き返す。 「どういう、意味じゃ」 「そのままの意味だ。臣のみならず、己も含め、全てを、国を滅ぼさぬ為の、王の血を絶やさぬ為の駒と思え。情に惑わされるな」 笑いを宿した声音で言を重ねれば、含めた意味を察したのか、男は今度こそ泣き出しそうな顔をした。 「…………お前は、大勢の為なら自分を捨てても良いと思っておるのか……?」 彼が予測したのと大差のない理由でその表情を浮かべていると吐露した男に、彼はまた苦笑した。 「言っただろう、後悔しても与り知らぬ、と。悪魔の理と、正義超人の義が重なると思っているのか?」 その言葉に、男は困ったような、拗ねたような様相で、俯いて呟いた。 「……それでも、そんな、自分を粗末に扱うような心構えをされては、辛いではないか……」 如何にもこの男らしい言い分に、彼はただ苦笑を深めるばかりだった。 『王たる者』(17年1月初出) |
夢を見たんじゃ、と。 寝起きの、ぼんやりとした顔つきで彼は呟いた。 夢の中でわたしは小さな子供じゃった。 ちょうど、ミートくらいの年頃かのう。 大人の腰にも届かないくらいに小さくて……その小さい体で一生懸命、どこかに向かって走っておった。 ……ああ、そうじゃ、あそこはキン肉星の宮殿じゃ。宮殿のどの辺りかまでは分からんが、建物のかんじがそんな様子じゃった。 夢の中の小さなわたしは、手当たり次第に色々な部屋に入って行くんじゃが、どこにも目当てのものが見つからんようじゃった。部屋に入るたびに、がっかりしては、また次の場所へ向かう、その繰り返しじゃった。 何度それを繰り返したか、分からなくなった頃――、見覚えのない部屋の扉を、夢の中のわたしは開けたんじゃ。 そうしたらのう、そうじゃ、その部屋ではじめて夢の中にわたし以外の人が出てきたんじゃ。 見たこともない、誰かも分からん人じゃった。だが――、どうしてかのう、とても懐かしくて、見ておるだけで泣きたくなるほど嬉しくなったんじゃ。 夢の中のわたしは、その人のことを呼んだ。とはいえ、わたしにはその人が誰か分からんから、なんと呼んだのかまるで分からんのじゃがのう。 そうしたらのう。 その人は、それはもう、優しく笑って夢の中のわたしを振り返って、「スグル」とわたしを呼んだんじゃ。 その顔と声が本当に優しかったから、嬉しくて嬉しくてたまらなくなったんじゃ。 じゃが……、目が覚めたら、その人の顔も声も全部忘れてしもうた。 あの人は、誰じゃったんだろうのう……。 切なくなるほど、幸せな夢じゃった、と。 寝起きのぼんやりとした様相で呟く、キン肉マンの目元にはうっすらと涙のあとが残っていて。 なだめるように、彼の肩を抱き、ぽんぽんと、その背を軽くたたいてやるしか出来なかった。 ――キン肉マンが生き別れの兄と再会し。 偶然、その夢と似た状況になった折に、唐突にその時の夢のことを思い出した、と言い出すまで、誰もそのことは忘れていて。 それから、誰かが、予知夢だったのではないか、と言い出して、笑いあうのは、それから数年先の話だった。 『春幻夢』(17年4月初出) |
「エイプリールフールで嘘をついてもいいのは、午前中だけなんだ」 そう、告げたテリーマンの言に。キン肉マンはぱちくりと目を瞬いた。 「そうなのか? わたしはてっきり一日中じゃと思っておった」 「そうだぞ。そこで、だ」 一つ頷いて。テリーマンは改めて顔を上げ、堂々と言い放った。 「ミーはナツコを愛している」 「いや、それはわたしではのうて、ナッちゃんに直接言うてくるべきじゃろう」 「もちろん、ナツコにも言うさ」 突然の宣言に、思わずツッコめば、力強い一言が返ってきた。 そして。 「キン肉マン」 「ん?」 「ユーはミーの最愛の親友だ」 真っ直ぐに目を見て、真摯に告げられた親友の言に。 ぽかん、と口を開けて目を丸くしていたキン肉マンだが、しばらく間を置いたから、息を吹き返したように声を上げた。 「お、おおう……」 「何故だ、どうして引くんだ、キン肉マン!?」 妙に腰の引けたキン肉マンの反応に、テリーマンの驚きの声が上がる。 「いや、あれじゃ。そういう台詞を真顔で言えるアメリカ人がアレじゃなあ、と、日本人のわたしとしては思うわけじゃ」 「何故だ、普通だろう!?」 急に賑々しくなった親友二人を眺めながら。 「王子も結構、恥ずかしい台詞言いますけどねえ」 ぽつり、と呟いたミートの声は。二人の耳には届くことはなかった。 『うそじゃない』(18年4月初出) |
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