気温が下がると、人の気配が無いことにひどく寂しさが募る。
 身体が冷えるから、心も冷えるのか。
 普段なら耐えられる筈の、“独り”がひどく堪える。
 きっと、心を許せる仲間が出来た所為だ。
 誰も側にいなかった昔なら、これほど強く思わなかった。
 側に他人がいる温もりに慣れたから、体温を感じないことが切なく思うようになったのだ。
 迷惑かもしれない、と、考えてしまうのは、孤独を経験した臆病からだと分かっている。
 だから、ほんの少し躊躇って――。それでも、堪える寒さに耐え切れず、ダイヤルを回した。

『どうした、キン肉マン?』
「おお、ひさしぶりじゃのう、テリー!」

『よう、珍しいな、ウォーズマン。お前から電話してくるなんて』
「久しぶりだな。元気にしてるか、バッファローマン」

 電話回線越しの声が伝える“温もり”が、身体に染みこむ寒さを溶かしてくれる。

『ミートくんはどうしたんだ?』
「ん? 住之江幼稚園の子供らに誘われて、遊びに行ったわい」

『なあ、来週、お前、何か用事あるか?』
「いや……。特に予定はないな」

『そう、日本に行くから、そうだな、ウルフマンも誘って』

『じゃあ、スペインに来ねえか』

『ナツコやビビンバさんと一緒に』

『ソ連は寒いだろ? こっちに遊びに来いよ。何なら春までいてもいいぜ』

『久しぶりにみんなで会いたいな』

『あっちこっち案内してやるから、来いよ』

 仲間の温かい言葉に、積もるような寒さは嘘のように溶けた。
 春が来るのを待ち望むように、彼と会える日が待ち遠しいと思った。



『春待ち』(13年1月初出)
多分、寒かったので温かい話が書きたかったんだと思います。
「スグルさま。朝ですよ。起きて下さい」
 柔らかな声が、何度も何度も繰り返し名を呼ばわれた。
「むう〜」
 寝汚く呻いて目をしばたく。むにゃむにゃ呟きながら起き上がり、眠る自分に呼びかけていた相手に顔を向けた。
「ビビンバ?」
 寝起きに何故彼女がいるのか、と、愛用の煎餅布団を握ったまま、キン肉マンは首を傾げた。隣の布団に眠っていたミートも寝ぼけた様相で上体を起こした。
「スグルさま」
 にっこり、と、満面を笑みほころばせて、ビビンバはキン肉マンの横に正座した。
「なんじゃ?」
 にこにこ。嬉しそうに笑うビビンバに、きょとんと首を傾ぐ。
 不思議そうに見返すキン肉マンに、ビビンバは両手を付いて顔を寄せ、顔だけでなく表情にも喜色をのせてこう言った。

「お誕生日、おめでとうございます。スグルさま」

 嬉しそうにそう告げるビビンバに、キン肉マンはまんまるに目を見開いて――、それから、数度瞬いた。
「……おお、今日は一日か」
 やっと、今日の日付を思い出し――、得心がいった、とばかりに手を打つキン肉マンに、ビビンバが小さく笑った。
「いやですわ、スグルさま。お忘れでしたの?」
「すっかり忘れとったわい」
 頷いて、ぽりぽりと後頭部を掻くキン肉マンの、膝の上にある手にビビンバは己の手を重ね、そして、ほころぶように笑った。
「一番最初にお祝いの言葉が言えましたわ」
 ふふ、と嬉しそうに言うビビンバに、キン肉マンは不思議そうに首を傾いだ。
 愛しい人は、いつも友人達に囲まれていて、自分は出遅れがちになるのが、少しばかり不満だったのだと。
 笑いながら、ビビンバが胸の内で呟いた思いを、キン肉マンは察することが出来ず、ただただ首を捻るばかりだった。



『言祝ぎを』(13年4月初出)
そういえば嫁が旦那の誕生日をお祝い出来てなかったことに気付いて、ビビンバに頑張らせてみました。
「アタル様は、スキンシップ過多です」
 何気なく、弟を背から抱きしめた時、ミートが呆れたように溜息交じりでそう言った。
「そうか?」
「そうかの〜?」
 兄弟揃って首を傾げれば、ミートは軽く額を押さえて、再度嘆息をこぼした。
「王子も、アタル様にはその傾向がありますよね」
 いい年をして、お二人ともベタベタしすぎだと思いませんか?  三十路男と二十代も半ばの成人男子二人が、やたらめったらハグをする光景は、日本では珍しいやりとりだ。スグルも友人達の肩を抱くことは少なくないが、アタル相手にするような、抱きついたりする行為はさほど多くない。
「兄さんを見ると、ぐ、と抱きつきたくなるんじゃ」
 ぐ、のところで、何故か両手で握り拳を作り、なんでじゃろうな〜、とスグルは首を傾げた。
 その仕草に、アタルは目を細め、ミートは呆れた様相で肩をすくめた。
 握ったスグルの両拳を、上から包むように両手を重ね、アタルは心中、ミートに指摘された事象に思考を向ける。

 ――触れ合いたくなる理由は、アタルには明白だ。
 生まれる前に見捨てた弟だから。
 この世から存在そのものを失う直前に初めて触れた温もりだったから。
 本来なら、この腕の中に納まるような頃から抱き上げることが出来た筈だった。
 末期のあの時しか、感じることの出来ない筈のものだった。
 それが、此岸に舞い戻り、兄と名乗り弟と呼ぶことが出来る現実を手に入れ――、過去、容易く出来た筈の、けれど自ら手放してしまった兄弟の触れ合いを、おそらく己は取り戻したいのだろう。

「兄さんがおると、こう、嬉しくて、ぐ、と、抱きつきたくなるんじゃ」
 ぐ、のところで動かした腕の動きが、若干ベアハッグの力強さを垣間見せたことには、アタルもミートも受け流すことにした。
 どうやら、幼少期に逃してしまった兄弟の触れ合いを埋めたい気持ちは、弟にも無意識下にあるらしい。
 そんな弟が愛おしく思えて。
 過去、抱きしめることの叶わなかった赤子を抱くように、アタルは慈しみを込めて弟に抱擁を贈る。
 そんな兄弟を見て、ミートが呆れたように苦笑するのだった。



『そのぬくもりを』(13年5月初出)
ちょっとシリアスめに。肉兄弟は幼少期の空白を急速に埋めればいいと思うよ!

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