――――灰色の空に葬送の鐘が鳴る。 妹が死んだ。 親友の妻が亡くなった。 甥の母親が逝った。 どれも、同じ女性の死を指し示す言葉。 ただ、言い回しを変えているだけの、言葉。 けれど、その全てを使わねばこの喪失感を云い表せる言葉はなく。 彼女の葬儀のその日、空は厚い雲に覆われていた。 彼女は我らが長の妻だったから。その葬儀には一族のほとんどの者が集まっていたが。 彼女の夫であり、一族の若き当主である男性は我々に軍装をまとう事を禁じていた。 喪章を着けるのではなく、喪服を着る事を求めた。 あくまで『ドイツ親衛隊総帥』の――ブロッケンマンの妻ではなく、『彼』の――ヴィルヘルム=フォン=ブロッケンの妻として彼女を葬りたいと望んでのことだった。 彼は――妻を亡くした夫は、忘れ形見の赤子を腕に抱き、静かに葬儀を見守っていた。 その様子は、知らぬ者が見れば悲嘆など感じ取ることも出来ないだろう程、冷静そのものだったけれど。 私には、彼が内心どれ程嘆き、悲しみ、痛みに耐えているか……その背中だけで嫌というほど伝わってくる。 私は知っている。彼と、亡き女性 だから――――。 彼女の眠る棺には土がかぶせられ、地中に隠されていく。 それは、型通りにしめやかに執り行われた葬儀の終わりも同義だった。 葬儀も終わり、黒衣の人々が墓所から散じて行く。 「――ザント」 前に立つ彼が、私を呼びながら振り返り……そうして、静かに動きと言葉を止めた。 その、軽い驚きのこもった視線を受けて――そして気付く。 自分の頬を伝う、熱と濡れた感触に。 私は、自分が泣いていたことに初めて気付いた。 僅かな困惑を感じながら自分の頬を濡らす涙を手の甲で拭い取るが、涙腺が壊れでもしたかのように涙は溢れて止まらなかった。 そんな私の肩を、片手で彼が抱く。 労わるように。 情愛のこもった彼の掌の熱みを背に感じながら、私は――半ば無意識に首を横に振っていた。 ――違う。 ほとんど反射的にそう、思った。 ――この涙は、私のものだけではない。 私の中の何かが、断言にも似た叫びをあげる。 これは――。 背を軽く叩く掌の熱が、閃きを確信に変えた。 失った痛みに任せて泣けぬ人の分。 失った痛みも未だ分からぬ子の分。 彼らの代わりに泣いているのだ――。 「……降り出したな」 なんとか涙腺の緩みを締めることに成功した頃。 私の肩を抱いていた彼が、顔を上げ呟いた。 つられて顔をあげれば。 ぽつ……ぽつ……。 灰色の厚い雲から雨が落ち始めていた。 私の背から手を離し、彼は腕に抱いた子を両手で抱きなおした。 それから、赤子を濡らさぬよう上着をかき寄せながら、彼は無言で歩みを促す。私もそれに黙って頷き返した。 そして、彼が踵を返そうとしたその時だった。 背を向けた彼の頬に零れた雨粒が、その輪郭を伝い――腕の中の赤子の頬に落ちた。 それは――。 空が、泣けぬ人の代わりに。哭くことを知らぬ子の代わりに。 空が零した涙のように見えた――――。 了
2003年長月作成 |
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