judge or forgive -4-
 富士山に程近いとある医療施設。
 そこでは、先日のトーナメントマウンテンの戦いで負傷を負った超人達が治療を受けていた。
 その内の一室、モンゴルマン――いや、ラーメンマンの病室に見舞い客が訪れたのは、晩秋近付きつつあるある昼下がりのことだった。



「……よう。具合はどうだい?」
 不意に投げかけられた声に、ラーメンマンはベッドの上で上体を起こし、そして視線を声のした方に――廊下の側へと向ける。
「――ブロッケン……」
 そこにいたのは――ひょい、と病室の入り口から顔を見せたのは、ブロッケンJr.だった。
 大きく開けた前身ごろの合間からは、白い包帯が垣間見えていたが、傷の経過は良好らしい。
 危なげない足取りで病室の中へと歩を進め、ラーメンマンが座るベッドの傍らに丸椅子を寄せると、そのままそこに腰を下ろした。
「さっき、医者に聞いたんだけどな、経過はいいらしいぜ。ドクター・ボンベの手当てが良かったんだろうな」
 “モンゴルマン”であった時分と変わらぬ気さくな口ぶりで話すブロッケンJr.に、ラーメンマンは彼に気付かれぬようそっと――元々細い目ではあるが――目を細めた。
 ザ・ビッグ・ファイトで戦った時から数えれば二年半。
 彼のオリンピックでブロッケンJr.の父親を殺害したあの日からなら四年近い時間が流れてはいたが。
 ブロッケンJr.とラーメンマンの間にあった確執は、先延ばしにされただけで解決したわけではなかった。
 そのことに、あえて目を背けるように話をするブロッケンJr.の――おそらくは気遣いに、ラーメンマンは心の内でわずかに疼くものを感じずにはいられなかった。
 そのことに、気付かぬわけでもあるまいに、ブロッケンJr.は何事もなかったかのように話を続けた。
「……伯父貴も、あんたがもう一度リングに立てるようになってよかった、って言ってたよ」
 唐突に話題に上った人物に、ラーメンマンは疑問の表情をかすかに浮かべて、軽く首をかしげた。
 そして、しばしの思案の末、その代名詞が示すのが誰なのか、思い当たる。
「――ああ。あのときの御仁か……」
 二年前、今のブロッケンJr.のように、ラーメンマンの病室を訪ねて来た人物がいた。
 その人のことをさしているのだと思い至り、ラーメンマンは納得したように一人頷いた。
「不思議な御仁だったな。人間の筈なのに、何故ああも超人レスラーとしての倫理観を理解していたのだろう……?」
 あの時、ラーメンマンに復讐の空しさを語り、ブロッケンマンの死の上で成り立つ命を無駄にするな、と説いた人物。
 その命を賭ける時は、譲れぬ信念の時であってくれ、と懇願した人。
 今にして思えば、彼は超人同士でもなければ分かり合えないような、超人特有の価値観をよく理解していた。
 その、ささやかな疑問を、独り言めいた呟きに乗せたラーメンマンに、ブロッケンJr.はあっさりと首を横に振った。
「伯父貴も超人レスラーだったぜ。元、だけどな。国外じゃどのくらい知られてたかはオレは知らねえけど、西ドイツじゃ関節技と組み技の達人って有名だったぜ。伯父貴がくびり殺した相手は五人や十人じゃきかない筈だ」
「……どういうことだ?」
 何気ない口調であっさりと言われた言葉に、ラーメンマンは困惑の表情で首をかしげた。
 あの時の客人は、とても超人には見えなかった。
 足を悪くしていたせいだろうか、全体的な印象が細く、人間にしか見えなかったのだ。
 そんなラーメンマンの疑問に、ブロッケンJr.は一瞬、視線を宙にめぐらせ説明の言葉を考えているような仕草をみせた。
 しばしの思案の末、ブロッケンJr.が発したのは、予想外の台詞だった。
「なんていうかな……。超人には、超人特有のホルモンとか、そういうのがあるのは知ってるよな?」
 ブロッケンJr.の問いかけに、ラーメンマンは頷き応える。



 ――一般にはあまり知られていないが、超人と人間の違いは体格や膂力などの身体能力ばかりではない。
 そもそも、超人という種族のカテゴリーの中でも、遺伝子的な相違点があるのだから、それも当然なのだが。
 地球起源の超人の場合、人間型超人ならば――化身超人や器物超人などの亜人間型、あるいは非人間型超人だと、また状況が異なる――染色体の数自体は人間と同じく、二十三対四十六本だが、その染色体を構成するDNAは、人間のものとは構造や配列が異なる部分がある。
 そして、その最小単位での相違は、外見上の違いだけではなく、体内の構造そのものにも影響を及ぼす。
 例えば、超人は人間よりも血液中の赤血球やヘモグロビン、血小板などの含有量が多い。
 また、人間には存在しない超人固有のホルモンや酵素などの体内分泌物質を持っていたりする。
 戦闘時に痛覚を鈍らせる働きをする脳内麻薬の一種などがこれにあたるだろう。
 傷を負った時の回復力の高さも、細胞自体の再生力が人間とは異なるからだ。
 地球外を起源とする超人の場合になれば、染色体の数から地球の人類とは異なるケースが多くを占める。
 こういった事柄が、超人専門医を必要とする理由となるわけだ。



「オレ達、ブロッケン一族はその超人にしかない体内物質がちゃんと分泌されないらしいんだ。遺伝子的には間違いなく超人なんだけどな。けど、超人として活動する為には必要なものがちゃんと作動しないから、身体能力が秀でている以外は人間と大して変わらねえんだ。超人っていうよりは人間に近いかもな。だから、これ、がいるんだ」
 そう言って、ブロッケンJr.は自分の軍帽につけられた髑髏の徽章を指さす。
「何で出来てるのかは、一族の長老連中も知らないそうなんだけどな、これからはそういうのの分泌を促進するある種の波動が出てるんだと。だから、オレ達は超人として戦う時は髑髏の徽章を身につけるんだ」
 もっとも、と言いながらブロッケンJr.は肩をすくめる。
 そして、長い年月の間に徽章を作る技術も、素材となっている物質が何たるかという知識も失われてしまい、現在、既に形を得た、片手で数えられる数の徽章しか存在しないのだと、言葉を続けた。
「徽章の数が少ないからな。当然、それを与える相手は厳選する必要が出てくるわけだ。だから、適当な年になったら一族中のガキを集めて、やりすぎじゃねえのってくらい厳しく修行をつけるんだ。いくら徽章をつけりゃ、ちゃんとした超人になれるっていっても、基礎になる肉体を鍛えてなきゃ意味がねえしな」
「……そんなに厳しかったのか?」
 首をかしげたラーメンマンに、ブロッケンJr.は、そりゃあもう、と大袈裟に肩をひそめた。
「あの修行よりきつかった試合はふたつみっつしかねえってくらいにはな」
 それは言い換えれば、悪魔超人との死闘に匹敵するほど厳しい修行だったということで。
 人間同様の身体でそんな修行を課せられて大丈夫なのか、と他人事ながらラーメンマンは不安を感じずにはいられなかった。
「おかげで脱落する奴も多かったぜ。実際、オレと同世代の奴で残ったのはオレだけだったしな。で、その地獄の修行に最後まで残ると、十八歳の誕生日にこれをもらえるんだ。オレも親父からもらった」
 ブロッケンJr.が何気ない口調でさらりと口にした単語に、かすかにラーメンマンの表情が曇る。
 “あの日”から三年以上の年月が流れたが、ラーメンマンの中にはいまだ後悔の根が残っていることは、その表情から明白だった。
「……ブロッケン」
 囁くように名を呼んだラーメンマンの言葉を遮るように、ブロッケンJr.は次の言葉を発した。
 あくまで、口調はそのままで。
 場違いなほどの屈託のない語調で、ブロッケンJr.は微笑さえ浮かべて、言葉をつないだ。
「――ラーメンマン。覚えてるか? あの時の約束」
 あの時。
 ザ・ビッグ・ファイトで対戦した後の病院で交わした会話の最後を締めくくった約束。
 忘れる筈がない。
「……ああ、勿論だ」
 重々しく頷いたラーメンマンに、ブロッケンJr.はあっさりと次の言葉を続けた。
「――あれ、もういいや」
「……」
 話題の内容からすれば、拍子抜けするほどのさらりとした口調で、ストン、と場に下りたブロッケンJr.の発言に、ラーメンマンはわずかに目を見開いて、相手の顔を見つめた。
 その視線に気付いているだろうに、ブロッケンJr.はまるで世間話でもするかのような漂々とした口調で、更に言葉を足す。
「――あんたが正体を隠してたこの二年半の間に、考え過ぎるほど考えた。考え過ぎて……憎いとか悔しいとか、そんなこと分かんなくなっちまったよ」
 あえて茶化すような口ぶりでブロッケンJr.はそう言った。
 それは、ラーメンマンの心理的負担を軽くしようという、心遣いに他ならなかった。
「ただ、もう、仇を取りたいとは思わない」
 ブロッケンJr.は、出来得る限り明るい口調で、その言葉をつむいだ。

 二年前、ラーメンマンがそうであったように、今、ブロッケンJr.もまた、言うべき言葉を持っていた。
 そして、それを口に出しラーメンマンに伝えることは、今のブロッケンJr.の義務だった。

「あれから、いろんなことがあっただろ? そのおかげ――って言うのはどうかとも思うんだけどな。伯父貴の言ったことが分かるようになった」
 準決勝でのラーメンマンの生命に関わる負傷。
 決勝で明らかになった、ロビンマスクの妄執。
 そして、あの時の加害者であるウォーズマンは――つい先日のタッグトーナメントの戦いで再び命を落としていた。
 殺すものは、いつか殺される。
 かつてそう語った人の言葉通りに、悲劇は繰り返された。
「だから、恨むのはやめたい」
 部外者のブロッケンJr.から見れば、あの時の準決勝の悲劇は、ロビンマスクも共犯者だと言えた。
 だが、ウォーズマンがその責任を師に押し付けることをせず、自ら背負い、ラーメンマンに対する罪悪感を常に忘れなかったことも、自身の目で見て知っていた。
 その姿に、いつからかブロッケンJr.はラーメンマンを重ね見ていた。
 父・ブロッケンマンを殺した後のラーメンマンの姿を。
 そして、ウォーズマンを理解するごとに、ラーメンマンへの洞察も深まっていったことも、事実だ。
「だから――あの時のアレは、もう時効でいいだろ?」
 目を細めて微笑むブロッケンJr.に、ラーメンマンはほんの少し躊躇いがちに呟きをこぼした。
「……本当に、いいのか?」
 本当に、父親の仇を討つことを諦めるのか。
 そのことに悔いはないか、との意を込めて問い返すラーメンマンに、ブロッケンJr.ははっきりと頷き返し、こう言った。
「ああ。――今はな、こう思うんだ。相手を倒す強靭さよりも、相手を許す精神的な柔軟さの方が、強いんじゃないかってな。オレは、それが欲しいと思うんだ」

 断罪の厳しさではなく。
 責めぬ寛大さを。

 それを欲しいと言い、実行しようとするブロッケンJr.のあり様に、ラーメンマンは目を細める。
 二年前は手に入れられずにいたものを、彼は確かにつかんでいた。
 そのことが、ラーメンマンの心を軽くした。
「…………お前は、もう、それを手にしているとわたしは思うぞ」
 口元だけに薄く笑みを刻み、そっと、ラーメンマンが呟いた言葉に。
 ブロッケンJr.は小さく、微笑った。
 その笑みには、二年前の暗さはなかった――――。






2004年葉月中旬

+ →
ようやく終わりました。
原作中、和解や謝罪のエピソードはゆでたまご先生に見事に無視されていますが。
ラーメンマンとブロッケンJr.の和解話は、肉二次創作を書く以上、けっして流してはいけないものだと思うのです。
二人の間に何があって、王位で描かれたような関係を構築出来たのか、そこは必ず考えなければいけないでしょう。
なので、この話は月読的にはある種の課題とも言うべきお題でした。
あと、ラーメンマンとウォーズマン、ウォーズマンとバッファローマンなど、考えなければいけない和解話はありますが、それはまたいずれ。

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