「正義超人の側からこちらへ来るのは、どういう心境だろうな」 酒の席で。 不意に、プラネットマンが呟いた言葉に、ジャンクマンは首を傾げながら訊き返した。 「バッファローマンのことか?」 その、自らの血をサタンに捧げた元正義超人が、ここ魔界の一角にあるサタンの宮殿に席をおくようになり、既に数年経つ。 ――一口に魔界、と言っても広い。 アシュラマンの一族は魔界の王族ではあるが、だからといって、魔界のすべてを統べているわけではない。 彼の一族の統治下にはない魔界もあり、このサタンの宮殿もそちらに分類される場所にあった――。 今更話題にのせるようなことでもあるまいに、と首を傾げるジャンクマンに、プラネットマンはかぶりを振ってその問いかけを否定した。 「いや、そうではない。もう一人の……新顔の方だ」 「ブラックホールか?」 ぺろり、と口の周りに残る酒を舐め取り、今度はスニゲーターが訊き返してきた。 スニゲーターの口から出てきたその名に、ジャンクマンも納得したように頷く。 そして、プラネットマンも、言葉による返答の代わりに頷き、そして、先の呟きの続きを口にした。 「奴の身内は、正義超人なのだろう? それらを投げ捨てる心境とはどういうものだろうな」 風の便りに聞いた、新しい悪魔の素性。 正義超人の血筋に生まれながら、その残虐ファイトゆえに『悪魔』と忌避された、と噂に聞いた。 「なんだ、プラネットマン。妙なことを気にするんだな?」 プラネットマンの呟きに、スニゲーターは不思議そうに首を傾げる。 「正義だ悪だの、下らんことを言うな。そんな体裁などどうでもいいだろうよ。リングの上ですする勝利の血杯だけで充分ではないのか?」 そう言って、ジャンクマンは器用に鉄板の手に杯を乗せ、酒を口に流し込んだ。 対戦相手を血の色に染める。 その為に、その両手を針だらけの鉄板に変え、胸板にも鋭い針を埋め込み、更にはその後頭部にもう一つの顔を刻み込んだ男の言うことだけあって、単純だが、ある種の真理をついていた。 「その通りだ。対戦相手を血祭りにあげる以外に、何を考えることがある?」 スニゲーターも、大きな口を開いてその中に酒を注ぎこみ、飲み干すと、ジャンクマンの言葉に同意を示して頷いた。 「ほう……お前達は正義が憎くて戦っているわけではないのか?」 二人の弁に意外そうに片目を軽く吊り上げて、訊ね返すプラネットマンに、ジャンクマンは少し考えるような表情を見せて、こう言葉を続けた。 「違うな、逆だ。オレ達が血を求めることを、正義を名乗る連中が否定するから、対立する、が正しいな」 「戦いに、正々堂々も何もあるまいにな。お前は、憎いのか、正義超人が?」 くつくつと、喉を鳴らして笑いながら、スニゲーターが訊き返す。 その問いに、今度はプラネットマンが顎に手をあて、軽く上に視線を向けて、考えるような仕草を見せた。 「……正義超人が憎い、というのは少し違うな。陰を忌避し、光を独占しようとし、己の正義を疑いもしない独善の塊のような人間どもと、超人どもが目障りなのだ。サタン様の――将軍様のお許しさえあれば、今すぐにでも正義超人どもを抹殺してやりたいくらいにはな」 プラネットマンは、元々は、惑星バルカンの『陰り』の部分にサタンが力を与え擬人化した超人だ。 そのせいか、地球を――そしてそこに住まう人間達を憎悪する気持ちは、六騎士の中でもずば抜けて強い。 「意外に情熱家だったんだな」 揶揄するような物言いで――けれど屈託のない口調で、口を大きく開けて楽しげに笑いながらスニゲーターは同胞の言い分に感想を述べてみた。 「情熱家、という言い方が正しいかどうかは別としてな」 スニゲーターの評論に、ジャンクマンはにやり、と意味深に笑った。 「興味があるのならば、直接聞けばよかろうよ。……そう言えば、ニンジャとは話が合うようだな」 「ああ。確かに。たまに話しているところを見るな」 「ニンジャと話が合うか……。けったいな男である可能性は高まったな」 話題に上った、灼熱地獄の主は、実の所、悪魔超人とは言いきれない。 その、忍びの能力を買われ、サタンの誘いを受けたのだ。 本人も、自分は雇われて六騎士になったのだ、という自意識を隠さず、それゆえに、悪魔騎士の中では一種変わった存在となっていた。 そういった背景もあってか、はたまた本来の気質か、中々複雑な精神構造をしている、というのが、彼ら三人の間での共通意見だった。 「ククク……その台詞、ニンジャの前で言ってみな。重油づけにされて燃やされること請け合いだぜ」 「ケケケ……ごめんこうむるぜ」 ジャンクマンの軽口に、プラネットマンは口端を少し吊り上げて、にやりと笑い言い返す。 「まあ、確かに、ブラックホールは読めん男ではあるな。まだ、バッファローマンのほうが解り易い」 大口を開けて、笑いながら吐き出されたスニゲーターの評に、ジャンクマンとプラネットマンも喉を鳴らして笑った。 強くなる為に己の血を捧げた男は、成る程、それだけで終わるほどやわな男ではなかった。 敵を倒す度に得る力を次の勝利の為に注ぎ込み、確実に強くなっていた。 そして、強さを何より求めるその眼差しは、六騎士へ向ける視線にも如実に現れていた。 いつか、成り代わる。 いつか、追い落とす。 いつか――その上に立ってみせる。 言葉よりも雄弁に、その目は、内面の野心を語っていた。 「確かに……。あそこまであからさまだといっそ、清々しいな。殊勝に振舞おうともせん」 「構わん、構わん。卑屈よりはよほどいい。……まあ、簡単には追い落とされてはやらんがな」 楽しげに笑いながらも、不敵に、プラネットマンが呟いた言葉に、他の二人も、にやりと笑って頷いた。 悪魔超人は、実力がすべてなのだ。 追い落とす、と言うのならばやってみるがいい。 挑戦されれば、受けて立つ。 そして……退けてみせる。 それだけの不敵さと心根の強さがなければ、悪魔超人としてあり続けることなど、出来るものか。 ましてや、サタンの――その分身、あるいは化身ともいうべき悪魔将軍の側近である六騎士たり得るものか。 「奴の上昇意識は、オレは好きだがな。追われればこちらにも突き放そうという気迫が生まれるからな」 酒をあおりながらのスニゲーターの弁に、ジャンクマンも杯を口元に運びながら頷いた。 「確かに。それぐらいの危機意識がないと、鍛錬にも身が入らん」 二人の言い分に、片手で杯を弄びながら、プラネットマンも首を縦に振り同意を示す。 「ただ、面白いのは、一番奴に意識されているアシュラマンが、奴の挑戦的な視線に欠片も気付いていないことだがな」 六騎士の筆頭であり、サタンの軍の実質的なNo.2である、魔界のプリンスは、その出自の所為だろう。『見られる』ことに慣れ過ぎているようだった。 それゆえか、バッファローマンの対抗心のこもった視線をもっとも向けられているにも関わらず、アシュラマン本人はまったくといっていいほど、彼を認識していない。 その、一方的な対抗意識は、はたで見ている第三者には面白くて仕方なかった。 「……さて。オレはそろそろねぐらに帰るとするか。ガキのツラでもおがみにな」 杯を置き、腰を上げたスニゲーターに、プラネットマンが不審げに片目を上げる。 「なんだ、スニゲーター。まだあのガキ、育ててるのか?」 「アレは、格闘家として使い物にはならんぞ」 六騎士唯一の子持ちであるスニゲーターの息子が病弱であることは、よく知られた事実だった。 そして、その身体ではリングには到底上がれない、ということも、だ。 戦闘には何の役にも立たない子供を、捨てもせず育てていることに、二人からの不思議の念も隠さぬ問いかけを受け、スニゲーターは牙を見せるように口端を吊り上げて笑った。 「レスラーには出来んがな、ガキぐらいは残せるだろうよ」 スニゲーターの返答に、プラネットマンが意外そうな声を上げた。 「ほう? 血を残したい性質だったのか、お前は?」 その言葉に、スニゲーターはさも面白そうに口を大きく開けて笑いながら、言い返す。 「お前と違ってな。一応は生き物だからな、オレも」 そして、くるりと背を向け――歩き出そうとしたその時、スニゲーターは肩越しに振り返って、プラネットマンににやりと笑いかけた。 「気になるのなら、直接本人を捕まえてみた方が早いと思うぜ? 正義を捨てた気分はどうだってな」 「捕まらんから、訊けんのさ」 スニゲーターの提案を、プラネットマンは一言のもと、切り返す。 言い返された言葉に、更に笑いながら、スニゲーターは背を向けたまま、ひらひらと片手を振り、そのままねぐらに帰っていった。 「さあて。お前と二人ってのも面白味がねえなあ……。誰かひっぱてくるか?」 再度、杯を口元に運びながら、ジャンクマンが提案すると、プラネットマンははっきりとした語調で、こう言った。 「サンシャインはごめんだぞ。奴に酒を入れると鬱陶しい」 心底嫌そうな言い様に、ジャンクマンも苦笑する。 「オレもごめんだぜ、あの泣き上戸のからみ酒と飲むのは」 サンシャインの酒癖の悪さを知っているだけに、その意見だけは一致していた。 「誰でもよかろう。最初に見つけた奴を連れてこよう」 腰を上げ、歩を進め始めたプラネットマンの言葉に、ジャンクマンも頷き、席を立つ。 「そうだな」 ――――魔界の夜は、まだ始まったばかりだった。 了
2004年水無月下旬 |
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