対比あるいは類似
 私達は、共通の祖父から、酷似した能力と、似て非なる容貌とを受け継いでいた。



 ――死んだ筈の従兄の所在を人づてに知ったのは、つい先日のこと。
 数年来会っていなかった従兄の姿を、ブラウン管越しに見ることになったのは、一年半以上も前のこと。
 その頃、私はその半年前に負った傷の療養とリハビリにいそしんでおり、彼が悪魔超人の一人として現れたその場には居合わせていなかった。
 だが、彼自身が戦った後楽園球場、そのスタンドで実際にその試合を見ることは出来た。
 いや、その場に駆けつけたのだ――あくまで正義超人として。
 試合の決着を見届け、その後の死亡も聞いていただけに、その様相を伝え聞いた時は驚くよりも困惑したものだ。
 ……そして。
 今、私は、その彼と向き合っている。

「どうした? わたしの顔に何かついているのか、ペンタゴンよ」
 喉の奥で笑い声をころがしながら、従兄はわざとらしく顔を――中心に空洞があいた、何もない顔をこちらに見せ付けるように、こちらに向けた。
「……いや。ただ、驚いているだけだ。生きているとは思わなかったからな」
 流石の私も――死んでいないほうが不思議だ、と言われながらも、九死に一生を拾い、危篤状態から回復した私でも、一度は死亡を確認した相手を前にして、完全に平静ではいられはしない。
 いくらかは、普段よりもぎこちなかったことは認めよう。
 そして、口にした言葉が、芸も個性もない台詞だったことも、だ。
「死んだぞ。奇麗さっぱり、見事なまでにな。ただ、地獄の閻魔が、顎でつかわれてやれば生き返らせてやるというのでな、つかわれてみたら本当に生き返ったというわけだ」
 カカカ、と笑いながら、どこまで本気でどこまで冗談か分かりかねる、楽しげな口調で従兄はそううそぶく。

 この、八歳……いや、誕生月が離れているから実質的には九歳近く年上の従兄は、その年齢差のせいだろう。私の知る限り、本心の計りかねる口ぶりと余裕のある態度を崩したことはなかった。
 人間でもその年齢差は大きかろうが、超人ならばそれは一層顕著になる。
 種族による個別差はあるが、おおむね、超人の成長は早い。
 十歳前後で、少なくとも外見的には、成人と大差ない体格にまで成長する。
 その為、超人にとって十歳近い年齢差というものは、大人と子供ほどの違いがある年の差なのだ。
 それほど離れているのだから、従兄弟といっても、共に遊んだ、というよりは、私が彼に遊んでもらった記憶しかない。
 そのせいか、私は――彼に対して、他の親族ほどの拒否意識はなかった。

「……なあ。ブラックホールよ。お前……悪魔超人であることを、やめれないのか……?」
 ぽつり、と呟くように、私は、彼にそう切り出した。

 悪魔超人。
 それこそが、私以外の身内が彼を忌避する最大の理由だった。
 私達の共通の祖父は、正義超人であったし、その子である私や彼の母親達も――そして彼女らが選んだ夫達も、当然のように祖父と同じ陣営に属していた。
 その中で、彼だけが異なる。
 だからこそ、血族達は彼の存在を嘆き、あるいは怒り、拒絶したのだった。

「お前の仲間だったバッファローマンも、悪魔と縁を切ったことだし、悪魔六騎士や悪魔将軍も倒されたのだぞ? なおも悪魔超人であり続ける必要はあるのか?」
「――いかにも、模範的な優等生らしい発言だな、従弟殿?」
 空洞が口を開ける、表情のない顔に、見えない笑みをにやりと浮かべ、従兄は私の説得を揶揄するような言葉をつむぐ。
「なるほど、バッファローマンは正義超人入りしたがな、わたしが奴に同調して正義超人になるいわれはないぞ? 六騎士の方々や将軍様にしても、だ。彼らは私より上位にあったが、私は彼らの追従物ではないからな。彼らの動向に一から十まで従う気も元よりない。ゆえに、彼らが倒されたから、といって私のスタンスが揺らぐこともないのだ」
 滔々と。当たり前の事柄を語るように自然な口調で、そして同時に、持論を提示するように堂々と従兄ははっきりとそう言い切ってみせた。
 その様は、私には……まるで悪魔超人であることを誇っているかのように見えた。
「……何故だ、ブラックホールよ。我らの祖父も、両親も、正義超人だというのに、何故お前は……」
 嘆息にも似た短い一息を吐き出し、搾り出すように呟いた私の言葉を、笑い声を含んだ彼の言葉が遮る。
「ペンタゴンよ。わたしは、自ら『悪魔』と名乗った覚えはないぞ?」
 笑みをにじませたまま、やけに楽しげに告げられた一言に、私は言葉に詰まった。

 そうだった。
 彼を『悪魔』と最初に結論付けたのは、彼ではなかった。

「周囲の者達が私のファイトスタイルを見、勝手にそう呼んだだけだ」
 顎を引き――もし、その顔にその空洞が開いていなければきっと目を笑みに細めているのだろう、微笑の気配をにじませながら、従兄は私にその顔を向けた。

 その通りだ。
 従兄が始めてリングに上がったあの試合で。
 彼は、文字通り、対戦相手を血の海に沈めた。
 生まれ持った、次元を操る能力を駆使し、手も足も出ない相手を、鳥の羽をむしるように無造作に――殺した。
 その、残虐という言葉だけでは言い表せぬ惨たらしい試合の惨状に、周囲の者達が、彼を罵り呼んだのが――。
 『悪魔』。
 その一言だった。

「わたしにはな、従弟殿。正義も悪も関係はないのだ」
 落ち着いた口調で、従兄はそう言いながら、赤い手袋に覆われた手をゆっくりと天へと指し上げる。
「ただ、必要なものは、リングの上で最後に勝ち名乗りを上げること。それだけだ」
 そして、天を示したまま、その拳を軽く握った。
 その、一分の揺らぎもない威風堂々とした態度からは、己のありように何の陰りも感じていないことが明確に理解出来た。
 だからこそ、私は困惑するしかなかった。
「ブラックホール。私は昔から思っていたのだ。お前は、正統派ファイトでも充分、名を成すことが出来る超人レスラーだと。血生臭いファイトはよせ」
 それは、彼のファイトスタイルを見るにつけ、感じていたことだった。
 格闘論理も、技量の面でも、彼は充分、一流に分類される超人レスラーたりえる実力を持っている、と。
 だというのに、何故、すすんでラフファイトをするのか。
 常に感じていた疑問を、私は始めて彼自身に向けて口にした。
 その、問いに対して彼は即答しなかった。
 その代わりに、静かに、私に向けて足を踏み出してきた。
 そして、無言のまま、その顔を私の顔に近付ける。
 反射的に後ろに身を引こうとした私の動きを、次の瞬間、彼が発した言葉が止めた。
「……従弟殿よ。それはわたしの台詞だぞ?」
 低い、静かな声音が、試すような響きを宿して、呟き出された。
「何故、お前は、生まれ持ったその能力を使おうとはせんのだ?」
 寄せられたその顔――中心に開いた空洞越しに、彼の背後の風景が視界を埋め尽くす。
 目と目を合わされるよりも、そのほうがはるかに視線を縫い付けられた。
 動くことも、顔を背けることも出来ない私に、従兄はなおも言葉を続けた。
「わたし達が、我らの祖父から受け継いだ能力は、お前のその背の翼と同じことではないか。生まれ持ったものを使うことの何がいけないという? それは、生来持ち合わせた手足を使うことを卑怯だと言うようなものだろう」
「……」

 ――確かに、その能力は生まれながら持ち得たものだった。
 彼にとっては、異次元を行き来することは、手足を使うほど自然におこなえることだった。
 私が歩くことと同時に、羽根を羽ばたかせることを覚えたように。
 従兄は、当たり前のように、影に溶け込み、その中を自在に動き回ることを身につけていた。
 私が、気付けば時間に介入する術を身につけていたように。

 だが……私はその言葉に頷くことが出来なかった。
 顔を背けることも出来ないまま、黙す私に、従兄はにやり、と見えない笑みを浮かべて、再度言葉を発した。
「――お前はわたしを、己の価値観の側に引き入れたいのかな、従弟殿?」
 軽い口ぶりで、従兄が言葉に乗せたその一言に、無意識の内に、私は呼気を止めていた。
 そんなことは、考えてこともなかった。
 ただ、従兄の残虐ファイトを、私は好んでいないのは、確かな事実なのだが……。
「……私は正義超人だからな。正々堂々とルールにのっとった試合をしたいと思っているし、他の者にもそうあって欲しいと思うのは当然のことだ」
 今の今まで、意識したこともなかった、説得の理由が――その根底にあるものがなんなのか、思い至らぬまま、私は正義超人として……クリーンファイターとして模範的な反論を口にする。
 だが、従兄はそれさえも、鼻先で笑い飛ばした。
「ルールにのっとっても、血生臭い残虐ファイトは出来るのだぞ?」
 カカカ……、と、彼の癖でもある笑い方で、従兄は軽く顔を引き、揶揄るようにそう言い返す。
「……ブラックホール……」
 呻くように名を呼ぶしか出来ない私に、従兄は余裕のある態度で、真っ直ぐに見えない視線で刺し貫く。
 そして、軽口を叩くように、何気ない口調でもう一度、同じことを口にした。
「――それほど、わたしを悪魔超人ではない存在にしたいのか? ペンタゴンよ」
「…………分からん……」
 再度、突きつけられた問いかけに、私は答えることが出来ず、視線だけを足元に落とした。
「……分からんが……私は、お前と、相対する位置に立つのは……嬉しくない」
「――。正義超人というものは、考えが固いな」
 ふう、と吐息を吐き出す気配を感じ、私は視線を上げ、従兄の顔を見る。
 見返すその顔には、部品はなくとも分かる、表情が重なって見えた。
 空洞の開いたその顔は、確かに笑っていた。
「我々超人はな、ペンタゴンよ。陣営の如何で戦うのではないのだ。個人の意思により戦うのだ。何故なら戦うことが本能だからだ。わたし達は、キン肉マンのチャンピオンベルトを欲し、だから、奴に戦いを挑んだ。サタンの意図など関係なく、わたし達自身の意思で、だ」
 高らかに、従兄は言ってのける。
 それこそが、真理なのだと。
 超人の本能なのだと。
 戦いとは、他者の意図ではなく、己の意思で為すものなのだと。
「分かる筈だぞ、従弟殿。お前も超人なのだから。己の内に、飼っている筈だ。戦い、己を顕示したいと叫ぶ獣を、な。そして、その獣は吼えている筈だぞ」
 そう言って、従兄はその掌を私の胸にあてる。
 そして、再び私のほうへと顔を寄せ、低く囁くように、言葉を続けた。
「チャンピオンベルトが欲しい。――優勝トロフィーが欲しい、とな」
 付け加えのように言われた、その一言。
 優勝トロフィー。
 それが何を暗に示しているか、私に分からない筈がなかった。
「……」
 私は返す言葉もなく、ただ、従兄の顔を凝視するしか出来なかった。
 何故なら、従兄の言葉を否定する術を私は持たぬからだ。

 私もまた、彼と同じくチャンピオンベルトを欲した人種であることをどうして否定出来よう? ――でなければ、オリンピックに出るものか。
 超人委員会のタッグトーナメント開催の発表に、無関心ではいられなかったと、肯定以外の返答があろうか? ――彼のトーナメントマウンテン、その頂上の優勝トロフィーを引き抜く栄誉を欲さぬ超人はおるまい。

 否定の言葉を持たず、だが、肯定の言葉を口にも出来ず、黙したまま彼の顔を凝視する私に、従兄は変わらぬ笑みの気配をたたえて、軽く首を傾げてみせた。
「どうだ、従弟殿? 正義も悪も関係なく、わたしを利用してみるといい。己がチャンピオンと呼ばれる為に。わたしもまた、己の手に勝利を掴む為に、お前を利用するつもりなのだからな」
 ……あまりといえば、あまりな、タッグの誘いだった。
 果たして、タッグパートナーを誘うのに、『利用』という言葉を使う者が世に如何程いるだろうか……?
「……もう少し……言いようというものはないのか……?」
 やっとのことで、言葉を搾り出した私に、従兄は天を仰いで高らかに笑った。
「口先だけ飾って何になる?」
 悪びれもしない言い様に、私は頭を抱えそうになった。
 だが。
 同時に、私は自分が彼の申し出を受け入れるであろう、ということも、胸の内のどこかで確信していた…………。



 私達は、半分は同じ血を持ち、半分は、きっと、同じ魂を持っていたに違いなかった。






2004年水無月中旬

あるサイトさんで見かけた四次元殺法コンビのSSがあんまりにもかっこよかったので、書きたくなったもの(失笑)
あとは、『ジェネレーションズ』の影響(笑) かっこいいなあ、こんちくしょう。
本当は、ブラックホールがペンタゴンを見下ろすシーンを入れたかったんですが……従弟殿の方が7cm高いです。無理です(笑)
超人界で確認される限り唯一の従兄弟同士は、色々と捏造し甲斐があるのでこっそり好きです。
今読み返すと、ブラックホール対キン肉マン戦はかなり萌え。
ペンタゴンが「出来るなら(キン肉マンの)代わりにリングに上がってやりたい」と言ってる台詞が……。深読みしてえっ!
ちなみに、母系同士の従兄弟説は風伯姫嬢からいただきました。ナイスアイディアありがとう!
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