テキサス州の、とある病院の一室。 その、産科の病棟は、常ならぬ客人たちを迎え入れていた。 「よお、テリー!」 「おめでとう、テリー」 「――おめでとう」 「おめでとうございます! テリー先輩、ナツコさん」 「無事に生まれたそうで、なによりだ」 病室の戸が開けられるのと、にぎやかな声が重なって上がったのは、ほぼ同時だった。 視線を向ければ、そこにいたのは数年来の仲間達の姿があった。 「……ありがとう、みんな。わざわざ駆けつけてくれたのか」 突然の仲間達の来訪に、テリーマンは驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべて椅子から立ち上がり、友人達を迎え入れる。 「当然ズラ! ちゃんと生まれたって聞いてるのに、来ない筈がないズラ」 嬉しそうに満面の笑みを振りまきながら、ジェロニモがそう言えば。 その横で、ウルフマンも同意を示して頷いてみせる。 「そうだぜ、テリー。それに、前もって予定日も聞かされてたからな」 「妊娠発覚から、ほぼ毎月電話で経過を報告されていれば、臨月の頃の予定も調整するのも当然のことだろう?」 それに、ほんの少し苦笑をにじませてラーメンマンも言葉を続けた。 「ロビンの時とはえらい違いだぜ」 「……まあ、ロビンとテリーでは違うのは当たり前だろうし……」 笑いながら、二年ほど前のロビンマスクの不義理をバッファローマンが冗談半分に揶揄る隣で、ウォーズマンが困ったように目を細めて言葉をにごす。 会うのは数年ぶりになるというのに、変わらぬ仲間達の様子にどこか嬉しさを感じて、テリーマンとナツコは顔を見合わせて微笑みあった。 「そういや、ブロッケンは?」 不意に、ウルフマンが首を傾げながら、誰ともなく問いかけの言葉を投げかけた。 十数年来の付き合いになる友人連中の内、欠けた顔がいたからだ。 距離的な問題があるキン肉マンは仕方がない。 公人としての立場を最重要視する『仕事の虫』ロビンマスクも、予測の範疇だ。 しかし、あの義理堅いブロッケンJr.が来ていないというのは、意外だった。 「ああ、それがなあ。いつ電話をしても留守電にしかつながらないんだ。ウルフマンも連絡を取れないのか?」 軽い戸惑いをこめて、テリーマンが訊き返すと、う〜ん、と小さく唸りながら腕を組み、少し考えるように首を傾げる。 「そうか……。オレもそうだぜ。手紙とかの返事はちゃんとくるんだがなあ。ラーメンマンやバッファローマンはどうだ?」 話の水を向けられ、バッファローマンは軽く肩を竦めて首を横に振った。 「同じだな。ドイツに行った時は寄ってみるんだがな、タイミングが悪いみたいでなあ。留守の時ばっかりだぜ」 「そうだな……私も同じだ」 その横で、ラーメンマンも少し眉間に皺を寄せながら、首を縦に振る。 「……そんなに忙しいんだろうか」 「当主っていうのは大変なんズラね」 あの義理堅いブロッケンJr.が連絡も取らないということは、それどころではない、ということなのだろう。 わずかに気がかりを感じて、それぞれなりに思いを巡らせたその時だった。 突然に、病室の扉が勢いよく開けられた。 「テリー! ナッちゃん! おめでとう!! お祝いに来たぞい!」 いきなりの、喜色満面の声音に、室内にいた全員がいっせいに振り返り――そして、皆が皆、思わず笑みをこぼした。 「キン肉マン!」 「キンちゃん! わざわざ来てくれたん?」 来れるとは思わなかった人物の来訪に、見舞い客連中は勿論、テリーマンとナツコも、嬉しげに声を上げ、その名を呼びかけた。 「当然じゃ、テリーとナッちゃんの子供が生まれたんじゃぞ? 例え超人墓場にいようとも駆けつけてくるわい」 他の皆との挨拶を交わしながら、キン肉マンは、一番の親友と女友達に崩れそうなほどの笑みを向けた。 「……キン肉マン……。ありがとう……」 感極まって声を震わせながら、テリーマンはキン肉マンの肩を両手でしっかりと抱き寄せた。 その背を、ぽんぽんと軽く叩くように、キン肉マンもその抱擁に応える。 「おめでとう……テリー。ナッちゃんも、よう頑張ったのう」 テリーマンに抱き締められたまま、顔だけを向けて産婦に微笑みをおくるキン肉マンに、ナツコも嬉しそうに顔をほころばせて、礼を述べた。 「ありがとう、キンちゃん」 ほのぼのとしたやりとりは、周囲のものに自然、笑みを誘った。 懐かしさと、再会の喜びを分かち合いながら、その内に、当然といえば当然だが、彼らの話題の中心は今日、誰よりも祝われるべき幼い命へと移っていった。 「小せえな……。おい、これって触っても大丈夫なのか?」 新生児用のベッドに寝かされた赤ん坊を覗き込みながら、バッファローマンが興味深そうに、子供の両親に問いかける。 その言葉に、ナツコは大きく頷いて、朗らかに微笑った。 「ええよ、ええよ。抱いたって。首が座ってへんから気ぃつけてな」 「首が座ってねえ?」 馴染みのない言葉に首を傾げるバッファローマンに、ウォーズマンが横から、微笑をにじませる声音で説明する。 「ああ、まだしっかりと頭を支えられてないってことだ。だから、抱いてあげる時は頭を支えてあげないといけないんだ」 いいかな、と視線で問いかけるウォーズマンに、ナツコは笑顔のまま頷いた。 母親の了承を得て、ウォーズマンは赤ん坊をそっとベッドから抱き上げた。 「……へえ、随分手慣れているんだな」 ウォーズマンらしい優しい仕草で、慣れたふうに抱きかかえる様相に、ウルフマンが感心したように声をこぼすと、ウォーズマンは少し照れたように首を傾げて微笑した。 「……アリサさんに教わったんだ」 「なるほど」 ウォーズマンの言葉に、ラーメンマンが得心したように頷いた。 ロビンマスクの妻である女性から教えを受けた――つまり、ロビンマスクの子供を何度か抱いたことがある、ということになる。 ウォーズマンらしいといえばこの上ないほど彼らしい理由に、ラーメンマンの顔に、微笑ましいといわんばかりの笑みが浮かぶ。 「そういや、こないだロビンのとこに行った時、ミルクもやってし、おしめも替えてたな」 「……なんでズラ?」 不意に思い出したように呟いたバッファローマンの述懐に、ジェロニモが不思議そうに首を傾げる。 その斜め後ろでは、ラーメンマンが軽く眉間を押さえながら困惑の口調で呻いていた。 「……ウォーズマン……。それは親の仕事だ……」 一理ある。女性の友人でも、そこまでする人物はそうはいないだろう。男性ならばなおのことである。 「……いや……たまたまアリサさんが手を離せなくて……」 赤ん坊を抱いたまま、ウォーズマンが少し困ったように首を傾げると、ラーメンマンはますます面妖な表情を浮かべて軽い溜め息をついた。 「――まあ、ロビンはしそうにないからな……」 「それ以前に、オレが行った時は仕事とかで家にもいなかったぜ」 さらりと告げられたバッファローマンの一言に、その場のほぼ全員が呆れかえった嘆息をついた。 「……なんじゃかのう……」 「……なんちゅーか、ホンマに『男』っちゅうかんじやねえ。仕事ばっかで家のことは奥さんに任せきりっちゅうやつ」 「むしろ、アレだな。ロビンよりウォーズのほうが父親らしいんじゃないか」 最強のタッグコンビと、その長年の女友達兼妻たる女性が、一同の内面を代弁するように言葉を紡ぐ。 「かもしれんな」 「そんなこと言ったら、ロビン先輩が気の毒ズラよ」 楽しげに笑うウルフマンとは逆に、ジェロニモはわずかに困惑に近い表情で、先輩兼師匠の発言をたしなめた。 「じゃがのう、私はウォーズマンは良い父親になれると思うぞい?」 首を横に傾げて、キン肉マンがそう言うと、テリーマンやウルフマンが同意を示して大きく頷いた。 「ああ、そうだな。オレもそう思う」 「ウォーズマンだけではのうて、きっとみんな良い父親になれると思うがのう。私は早くみんなの子供が見たいのう?」 呟くようにそう言いながら、キン肉マンはウォーズマンの腕の中の赤ん坊を覗きこみ、至福の笑みに顔をほころばせる。 その背に、バッファローマンの揶揄るような言葉が投げかけられた。 「――。その前に、キン肉マン。お前のところが先じゃねえのか?」 「確かに、そうだな。テリーのところにも生まれたことだ。そろそろお前のところの番ではないか?」 バッファローマンの言葉に、ラーメンマンも少し笑って言葉を足した。 「おわあ……。それを言われると反論出来んのう」 友人達の切り返しに、キン肉マンは大仰に頭を抱えて天井を仰ぐ。 その大袈裟なリアクションに、病室内に笑い声がこぼれた。 ――その内に、影を隠して微笑むものがいたことも……気付かずに――そう、たった一人を除いては。 その夜、再会を喜び合うかつての仲間達は、テリーマンの誘いを受け、彼の家に泊まることとなった。 しかし、キン肉マンだけはすぐさまキン肉星に帰らねばならなかった為、一同で彼を見送った後、テリーマンの運転するトラックに乗り、彼の牧場へと移動したのだった。 その後、夕食から自然に酒を酌み交わすこととなり……――。 「よお。手伝うこと、あるか?」 テリーマンの家の流し台の前に立ち、先程までの酒宴の名残を残す食器たちを片付けるウォーズマンの背に、呂律こそ回っているもののわずかに酔いの気配を残すバッファローマンの声音が投げかけられた。 「いいや、ありがとう。でも、もう片付くから……」 カチャリ……、と濯ぎおえたグラスを水きり用のかごに伏せながら、肩越しに振り返り言葉を返す。そして、軽く首を傾げた。 「ラーメンマンは?」 バッファローマンと共に、既に酔いつぶれてしまった三人を寝室へと運びに行った筈のラーメンマンの姿がないことを問う。すると、バッファローマンは少し笑い、くい、と軽く親指で浴室のほうを指し示した。 「ああ。先にシャワー使えって勧めておいたぜ」 「そうか」 「なあ。折角洗ったってのに悪いんだがよ、水、一杯もらえるか?」 少し申し訳なさそうに目を細めて言うバッファローマンに、ウォーズマンはかすかに微笑んで頷いた。 「かまわないさ」 そう言って、伏せたグラスのひとつを手に取る。 「Muchas gracias」 差し出されたグラスを受け取り、母国の言葉で礼を言うと、バッファローマンは勝手知ったる何とやら、といった風で冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を取り出して、冷えた液体をグラスに注いだ。そして、そのグラスをぐい、とあおる。 「――じゃあ、ラーメンマンがあがったら、先に浴室を使ってくれ。オレは後でいいから」 キッチンの壁に吊られたタオルで手を拭きながら、ウォーズマンがそう言うと、バッファローマンは「ああ」と短い返事を返す。 そして、しばしの沈黙が流れた後。 「……あんまり、気にするなよ」 ぽん、と。軽く頭に手を置き、さり気無い口調で言われた一言に、ウォーズマンは軽く目を見開いた。 突然の一言に対する驚きもあったが、それ以上に……。 「…………顔に、出ていたかな……?」 思い当たることがあったがゆえに、ウォーズマンは小さな声で独り言のようにそう呟いていた。 ――昼間の、ことだ。 『私はウォーズマンは良い父親になれると思うぞい?』 あの、キン肉マンの、一言。 間違いなく彼自身は親友の一人に対する好意の表れとして無意識に口に出した一言だったのは、分かっているのだが。 「……いや? オレ以外は気付いてねえと思うぜ?」 ウォーズマンの呟きに、バッファローマンはあくまでさり気無い声音で、言葉をつむいだ。 「――オレも、似たようなトコだからな」 さらりと。一瞬聞き流してしまいそうなほど何気なく続けられたその言葉に、ほんの数瞬、ウォーズマンの反応は遅れた。 「……え?」 タイミングのずれた、問いかけともいえないような小さな呟きがこぼれる。 「自然交配だと、受精の確率はほとんどゼロに近いってな。医者に言われちまったよ。人工授精でも、コンマひとつかふたつあがるだけだとさ」 グラスを片手でもてあそびながら、バッファローマンはほんの少しだけ、顔をウォーズマンの方に向け、そして口端をわずかにつり上げた。 その表情こそ、笑みを形作ってはいたが、その内容はといえば――決して笑えるものではなかった。 もともと、超人という種は異種族交配を可能としながらも、その出生率は極めて低い。 同族間の交配ならば、人間並みの出生率なのだが、超人と人間、といったような異種族であったり、超人同士でも人種が異なれば、極端なほどに出生率が下がる。 ロビンマスクやテリーマンなどは前者である為に、今に至るまで子を得ることが出来ずにいた。 そして、キン肉マンの場合でも、妻であるビビンバがホルモン族であるため――同じ星の出身であっても人種が異なる為――未だ、子を授かるに至っていない。 同じ星に生きる相手を選んだ三人でも、子を得ることがこれほどに困難なのだ。 まったく異なる星からこの地球に来ざるをえなかったバッファロー一族のケースならば、その確率は更に下がるであろうことは容易に想像がつく。 「…………そう、か――」 少し俯いて、ウォーズマンは返事ともつかないような小さな呟きを、ぽつり、とこぼす。 そして、しばらくの沈黙の後、囁くように、かすかな声で言葉をつむいだ。 「――――オレは、ほとんど、じゃなくて間違いなく、ゼロパーセントだそうだ」 幾許か前の話だ。ようやく自分の身体と正面から向き合う決心がつき、医者に検診を求めたことがあった。 その時の診断結果のひとつが、それだった。 あえて、症状に名をつけるとしたら、無精子症になるだろう、とその医師は語った。 「でも……それを聞いた時、オレはむしろほっとした」 続けたウォーズマンの声音には、ほんのわずかではあったが、確かに言葉どおりの安堵の響きがにじんでいた。 子供は、嫌いではない。 だが、機械と生身が入り混じる自分の遺伝子を受け継ぐ子供は――恐ろしくて、見たくはなかった。 少なくとも、自分の存在から、そんな不自然で哀しい生き物が生まれてくる可能性だけはないと聞かされた時、正直、ウォーズマンは安心したものだ。 ――――だが。 そんな話をキン肉マンが知れば、おそらく悲しむだろう。 あの、誰よりも優しい男は、生き物が当たり前に享受出来る可能性を否定された友人のことを、きっと我がことのように哀しみ、傷付くだろう。 だから……彼にだけは知られたくはない。 昼間、キン肉マンの純然たる好意を土台にした一言に、一瞬言葉を詰まらせてしまった時、ウォーズマンは最初にそれをおそれた。 即答出来なかったことで、彼が訝しく思いはしないか、と、慌てたのだ。 そこまで考えて、ウォーズマンは昼間のバッファローマンの言葉を思い出し、その発言の意図にようやく思い当たった。 「――ああ、だから。だから、助けてくれたのか……。すまない、ありがとう……」 あの時、バッファローマンは、ウォーズマンが困っていたことに気付き、話を逸らしてくれたのだ。 「別に、礼を言われることじゃねえよ。気付いてりゃ、ラーメンマン達だって同じ様なことをしたと思うぜ」 ただ、あの状況で気付きえたのは、同じ事実を抱えるバッファローマンだけだったというだけだ。 なんでもないことのように、そう主張するバッファローマンに、ウォーズマンはほんの少し微笑んで目を細める。 「……いや、言わせてくれ。オレは、あんたのその気遣いに礼が言いたいんだから」 ……。 しばらくの間、二人は視線を交錯させたまま、言葉なく、隣り合い立ち続けていた。 そして――。 長いとも、短いともいえぬ沈黙の後、どちらともなく視線がはずされた。 「……次は、キン肉マンのところで会えるといいな」 「――そうだな」 短く、言葉が交わされる。 ――己に、子孫を望めなくとも、構わない。 ――その代わりに、友の子供が受け継いでくれるだろう。 ――自分達が遺したいと願うもの、遺すべきものを…………。 無言の内に交わされた会話は、夜の闇に溶けていった――――。 了
2004年水無月上旬 |
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